小林少年の危難
「なあんだ、子どもがはいっていたのか。」
ほんとうの怪物だとばかりおもっていた人びとは、少年の姿を見て、すこし安心しました。
少年はカブトムシの腹から、外にでると、グッタリと、その場にたおれてしまったので、人びとはかけよって、助けおこし、いままで少年がはいっていた、巨大なカブトムシのからだを、しらべました。
それは、ほんとうの虫ではなくて、うすい金属を、皮でつなぎあわせてつくったもので、中はからっぽで、そこへ少年がはいって動いていたのです。
「なあんだ、びっくりさせるじゃないか。きみはどうして、こんないたずらをしたんだ。このおばけカブトムシの衣装を、いったい、どこから手にいれたんだ。」
ひとりの会社員が、少年をだきおこしながら、しかるようにいうのでした。
少年は、さっき階段を落ちたとき、どこかをうったらしく、いたそうに、顔をしかめながら、答えました。
「いたずらじゃありませんよ。ぼくは、わるもののために、カブトムシの中へとじこめられたのです。」
「わるものだって?」
「ええ、鉄塔王国の怪人です。」
それをきくと、人びとはおもわず、顔を見あわせました。鉄塔王国という、ふしぎな怪物団のことは、新聞に書きたてられていたので、だれでも知っていたからです。
「それじゃ、夜中に銀座通りを歩いていた大カブトムシは、こんなこしらえものだったのか。なかに人間がはいって、動いていたのか。」
「そうかもしれません。そうでないかもしれません。あいつらは魔法つかいですから、なにをやるかわかりません。ぼくを、こんなものにいれて、ビルの中へ、ころがしておいたのも、なにかわけがあるのです。カブトムシなんて、こしらえものだと思わせて、ゆだんさせるためかもしれません。」
「それにしても、きみはどうして、こんなめにあったんだ?」
「しかえしですよ。新聞にでていたでしょう。カブトムシの怪物団は、高橋賢二という少年を、どこかの山の中の鉄塔の国へ、さらっていこうとしたのです。それを、ぼくが、じゃまをして、とりもどしたものですから、ぼくにしかえししたんです。
ゆうべ、町を歩いていると、だれかがうしろからくみついてきて、ぼくの口と鼻に、麻酔薬をおしつけたのです。そして、ぼくが気をうしなっているあいだに、このカブトムシの衣装をきせて、丸ビルへかつぎこんでおいたのです。
けさ、気がついてみると、ぼくは、カブトムシのよろいの中にとじこめられて、二階の廊下に、ころがっていました。カブトムシの目のところに、ガラスがはめてあるので、外は見えました。ビルの中だということも、すぐわかりました。
ぼくは、さけび声をたてましたが、だれもきてくれません。階段をおりたら、人がいるかもしれないと思ったので、はいおりようとしたのです。でも、こんなよろいみたいなものを、つけているので、うまくおりられません。足がすべって、ころがり落ちてしまったのです。」
「ふーん、それじゃ、たいしてしかえしにもならないね。きみが、階段をおりないで、じっとしていたら、そのうちに、二階の会社の人たちが出勤してきて、きみを助けるにきまっている。そうすれば、きみは、ひと晩、カブトムシのよろいをきせられたというだけじゃないか。」
いちばん年とった会社員が、ふしんらしくいうのでした。すると、少年は、さも、くやしそうな顔をして、
「ところが、ぼくには、大きなしかえしになるのですよ。ぼくの名誉がメチャメチャになってしまうのですよ。」
「きみの名誉だって? そんなにきみは、名誉の高い子どもなのかい?」
「そうです。ぼくは、少年名探偵として、わるものどもに、おそれられているんです。それが、こんなはずかしいめにあっちゃ、ぼくは先生にだって、あわせる顔がありません。」
少年はなみだぐんで、くやしがっています。
「先生だって? きみの先生というのは、もしや……。」
「そうですよ。明智小五郎先生です。ちょうど先生は旅行中なのです。そのるすのまに、こんなはずかしめを、うけたのです。」
「するときみは、あの名高い少年助手の……。」
「小林です。……みなさん、ぼくはきっと、あいつらをつかまえてみせます。明智先生といっしょに、この怪物団をほろぼします。見ててください。きっとです。ぼくをこんなめにあわせたやつを、やっつけないで、おくものですか。」
小林少年ときくと、人びとはびっくりしたように、このかわいらしい子どもの顔を、ながめました。ああ、これが、明智探偵のかたうでといわれる少年名探偵だったのかと、にわかに、人びとのあつかいが、ちがってきました。
「そうか。きみがあの有名な小林君だったのか。まあ、部屋にはいってやすみなさい。そして、電話で警察にれんらくするがいい。」
年とった会社員は、そういって、小林君の手をとると、じぶんの会社の応接室へ、あんないするのでした。