四人の警官
中村警部は、高橋さんの話をきくと、ひじょうにおどろいて、すぐ、部下の警官と刑事を四人ほどさしむける。わたしも、あとからいくつもりだという返事でした。
まもなく、日がくれて、外がまっ暗になったじぶん、おもてに自動車のとまる音がして、ふたりの制服警官とふたりの私服警官とがはいってきました。
私服警官のひとりが出した名刺には、警部補正木信三と印刷してありました。
四人は高橋さんから、いっさいのようすをききとると、まず二階の広間からはじめて、うちの中はもちろん、庭のすみずみまで、くまなくしらべまわりました。しかし、どこにもあやしい人間は発見されませんでした。
「裏庭に、みょうな足跡があります。人間の足跡ではありません。大きなカブトムシでも、歩いたような、気味のわるい足跡です。それから、二階のやねへ、はしごをかけたあとがあります。庭の土にふたつ、ふかいくぼみができているのです。あいつは、そこから二階へのぼったのでしょう。はしごはだれかが、もとの場所へもどしたようです。すると、あいぼうがいたのですね。そいつの足跡らしいものも、のこっています。しかしあやしいやつは、どこにもいません。われわれが来ることを知ってにげてしまったのでしょう。」
正木警部補は、三人の部下といっしょに応接間にもどってきて、主人の高橋さんに報告しました。
「ところで、おたくの人たちを、全部ここへ集めていただきたいのですが。ねんのため、ひとりひとり、たずねてみたいと思うのです。」
そこで、うちじゅうの人が応接室に集められました。主人の高橋さんのほかに、賢二君のにいさんの中学生の壮一君、書生の広田と青木、女中などでした。
「これでおたくのかたは全部ですか。」
正木警部補が一同を見まわしてたずねました。
「いや、このほかに、もう三人います。賢二がカブトムシを見て、熱を出してしまったものですから、部屋に寝させてわたしの家内と、もうひとりの女中がつきそっているのです。」
「ああ、そうですか。よろしい。賢二君は、こちらから出むいて、話をきくことにしましょう。」
警部補は、そういって、そばにいた部下に目くばせしますと、私服と制服の警官のふたりが、いそいで、賢二君の部屋の方へたちさりました。
それを見おくって、正木警部補は、ポケットから手帳をとり出すと、そこにいる人びとに、いろいろとたずねましたが、今までわかっていることのほかに、新しいことはなにもききませんでした。
そこへ、さきほどの制服と私服の警官が、大きなカブトムシのぬけがらを、ふたりでかかえて帰ってきました。
「これは証拠物件として、警視庁へ持ってかえるほうがいいと思いますが……。」
「うん、そうしよう。自動車の中へ入れておいてくれたまえ。で、賢二君はどうだった。」
「これということもありません。ただ二階へあがったとき、なんの気なしに広間をのぞくと、あいつがいたので、びっくりして、下へかけおりたというだけです。そのまえには、べつに、あやしいものも見なかったようです。」
それをきくと、正木警部補は主人の高橋さんにむかって、
「おたくのしらべは、これで、いちおうすみました。邸内には何者もかくれておりませんから、いまのところ、心配はありませんが、なにしろ魔法つかいといわれるやつのことですから、よほど用心しないといけません。われわれは、これから、おたくのへいの外や、となり近所を、しらべてみることにします。そして、見はりのものは、表門と裏門とに、のこしておくつもりですが、賢二君には、いつもだれか、ついていてください。けっしてひとりぼっちにしてはいけません。では、ちょっと、しつれいします。」
警部補は、部下をひきつれて応接間を出ました。高橋さんは、玄関まで見おくりました。大カブトムシのぬけがらをおりたたみもしないで、ふたりがかりでかかえた警官が、それを自動車に入れているのが見えました。そして、なにか運転手にさしずをしているようでした。すると、自動車は警官たちをのこして、そのまま、どこかへ走りさってしまいました。
高橋さんは、玄関からひきかえすと、熱を出して寝ている賢二君のことが心配ですから、いそいで、その部屋へ行ってみました。そして、おびえきっている賢二君になぐさめのことばをかけてやろうと、ふすまをひらいたのですが、ひらいたかとおもうと、高橋さんは、「あっ。」といったまま、そこに立ちすくんでしまいました。
女中が気をうしなって、ころがっています。そのひたいから血が流れているのです。高橋さんのおくさんは、手足をしばられ、さるぐつわをはめられて、たおれています。賢二君のふとんの中は、からっぽです。どこかへ、いなくなってしまったのです。
「おーい、だれかきてくれ。早く、だれか……。」
高橋さんは、廊下に出て、大声でどなりました。すると、バタバタと足音がしてふたりの書生がかけつけてきました。
「いまの警官たちが、近所にいるはずだ。早くよびもどしてくれ。賢二がさらわれましたといって。」
書生たちがかけだすあとについて、高橋さんは電話室にとびこむと、警視庁をよびだそうとしましたが、いくらダイヤルをまわしても、手ごたえがありません。耳にあてた受話器からは、なんの音も聞こえません。おりもおり、電話がこしょうをおこしたらしいのです。
電話をあきらめて、玄関へとびだしていきますと、外から帰ってきた書生たちにであいました。
「どうだ、警官は見つかったか。」
「うちのへいの外を、ぐるっとまわってみましたが、どこにもいません。近所のうちをたずねても、だれも知らないというのです。警官たちは、警視庁へ帰ってしまったのじゃないでしょうか。」
「そうか、しかたがない。きみ、うちの電話はこしょうだから、おとなりの電話をかりてね。警視庁の中村警部をよびだしてくれたまえ。早くするんだ。」
書生の広田が、おとなりの門の中へとびこんでいきました。高橋さんは、それをまつのも、もどかしく、「いや、わしがかけよう。」といいながら、広田のあとをおってかけだしていきました。
おとなりの電話は、すぐに、警視庁に通じました。高橋さんは、電話口にしがみついて、
「捜査課ですか。中村警部はおられませんか。わたしは高橋太一郎というもんです。……ああ、中村君ですか。ぼくは高橋。たいへんなことがおこったんだ。きみがよこしてくれた警官たちが、帰ったあとで、賢二が見えなくなったんだ。あのさわぎで熱を出したものだから、寝かせてあったのだが、そのふとんがからっぽなんだ。」
すると、中村警部の声が、みょうなことをいいました。
「モシモシ、あなた高橋太一郎さんですね。なんだかお話がよくわかりませんが、わたしからだといって、だれかが、そちらへいったのですか。」
「なにをいってるんだ。今から一時間ほどまえに、きみに電話でたのんだじゃないか。それで、きみが四人の警官をよこしてくれたんじゃないか。」
「待ってください。そりゃへんですね。わたしは、あなたの電話を聞いたおぼえはありませんよ。ちょっと待ってください。たずねてみますから。……あ、モシモシ、いまたずねてみましたが、捜査課からは、だれもあなたのおたくへ行ったものはありませんよ。たしかに警視庁のものだったのですか。」
「そうですよ。制服がふたりに、私服がふたりだった。その中に警部補がいてね。正木信三という名刺をくれましたよ。」
「え、マサキ=シンゾウですって、正木信三ですね。高橋さん、こりゃこまったことになりましたね。ぼくの方には正木信三なんて警部補は、ひとりもいないんですよ。その四人の警官は、賊の変装だったかもしれません。ともかく、おたくへまいります。くわしいことは、そちらで、うかがいましょう。」
「それじゃ、待っています。大いそぎできてください。」
そこで電話がきれました。いったい、これはどうしたわけなのでしょうか。