「……その本には」
日美香はひりつくような喉《のど》の渇きをおぼえながら、さらに言った。
「こうも書いてあったそうです。神迎えの神事で、大神の霊の降りた三人衆を日女が社でもてなすとき、そのもてなしというのは、たんに酒でもてなすだけではなくて……」
耀子の目を探るように見ながら、そこまで言うと、
「それも昔のことだわ」
耀子は先回りして言った。
「贄《にえ》の儀式などが密かに行われていたような暗い時代なら、そういったことも神事として行われていたかもしれない。
でも、それは、明治の頃に、神事にかこつけた淫風《いんぷう》とみなされて、時の政府によって厳しく取り締まられたと聞いています。だから、今ではもちろんそんなことは行われてはいないわ。ただ、日女がその年の三人衆の中からしか恋愛相手を選べないというのは、そういった昔の風習の名残りともいえるかもしれないけれど……」
「本当に昔のことなんですか」
日美香は問い詰めた。
「え?」
「本当は……今でも密かに行われているのではないのですか」
「まさか」
耀子はふっと笑った。しかし、その目は笑ってはいなかった。
「神家の子供は……なぜか九月生まれが多いそうですね?」
日美香がいきなりそう聞くと、耀子の顔にはっとしたような色が浮かんだ。
「実はわたしも九月生まれなんです。どうして、日女の生んだ子は九月生まれが多いのでしょうか」
「それは……ただの偶然ではないかしら」
耀子はかぼそい声で言った。
「偶然? 本当に偶然なのでしょうか。九月生まれということは、受胎したのは、前の年の十一月頃である可能性が高いわけですよね。十一月といえば、ちょうど大神祭のある月です。これはただの偶然なのですか?」
耀子は黙ったままで答えなかった。
「それに……」
日美香はさらに言った。
「さきほど気が付いたんですが、瑞帆さんも一葉さんも妊娠されているようですね」
耀子は否定しなかった。
「見たところ、お二人とも五、六カ月という感じに見えましたけれど。ということは……」
「とにかく、わたしに言えるのは、あなたがおっしゃったようなことは昔は行われていたかもしれないけれど、今はそんなことはないということだけよ……」
耀子は話を打ち切るような口調でそう言った。
日美香は反論するように口を開きかけたが、何も言わなかった。これ以上追及しても、耀子の口から真実を引き出すのは難しいような気がしたからだ。
日女としての彼女の立場を考えれば、それも無理からぬことのようにも思える。
ただ、この人は口にこそはっきり出さないが、わたしに何かを伝えたがっている。
日美香はそう強く感じていた。
しかし、それと同時に、どれほど問い詰めても、この人はけっして真実を自分の口から語ろうとはしないだろうとも。
スフィンクスのような謎《なぞ》めいた言葉とまなざしでただ暗示するだけなのだ……。
「日美香さん」
耀子が言った。
「日女《ひるめ》と一口にいっても、色々なタイプがいるのよ。日女としての地位に満足し、生まれながらにして背負ったその宿命を何の疑いもなく当然のように受け入れる人もいれば、あなたのお母様やおばあ様のように、その宿命から必死で逃れようとする人も稀《まれ》にはいるわ……。
そして、その宿命を受け入れるわけでもなく、さりとて、それから逃げ出すわけでもなく、ただ、そこにあるものとして見つめているだけの女もいるのよ。わたしのようにね……」