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蛇神3-4-6

时间: 2019-03-25    进入日语论坛
核心提示:    6 その夜、蛍子は、飲みに行こうという同僚の誘いを断って、いつもより早めに帰宅した。例の翻訳小説のチェックを今日
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    6
 
 その夜、蛍子は、飲みに行こうという同僚の誘いを断って、いつもより早めに帰宅した。例の翻訳小説のチェックを今日中に済ませてしまいたかったからだ。
「ただいま……」
 玄関のドアを開けて、声をかけるやいなや、奥の方からどなり合うような声が聞こえてきた。豪と火呂の声だった。何か言い争っているらしい。
「どうしたの?」
 リビングに入ると、誰かが投げ付けたように、ソファのクッションが床に散らばっていた。そこにいた豪に聞くと、
「知らねえよ。急にヒステリー起こしてやがんの」
 と、ふてくされたような顔で言う。
 部屋に行ってみると、火呂が怒ったような顔つきでスーツケースに衣類などを詰め込んでいた。
「何があったの?」
 そう聞いても、「あんな奴と一緒に暮らすのはもう嫌。わたし、出て行く」
 興奮したような口調でそう言うだけだった。
「出て行くって、どこへ?」
 重ねて聞くと、火呂は一瞬考えるように黙り、
「しばらくサッチンのとこに泊めてもらう」
 それだけ言うと、Tシャツにジーンズという格好のまま、着替えだけを詰めたスーツケースをさげて出て行こうとした。
「火呂。ちょっと待って」
 蛍子は思わず姪を呼び止めた。
「本当に祥代さんのとこに泊まるの?」
 そう訊ねると、火呂はやや目尻《めじり》の上がった冴《さ》え冴《ざ》えとした大きな目で、にらみつけるように蛍子の顔を見つめた。
「それ、どういう意味?」
「土曜の夜、あなた、どこに泊まったの? 祥代さんのとこじゃないでしょ? 今日、彼女に会って聞いたら、土曜の夜は、沖縄に帰っていたと言ってたわよ。一希ちゃんの容体がまた悪くなって……」
「どうして」
 火呂は怒りを抑えつけたような冷ややかな声で言った。
「サッチンに会ってそんなこと確かめるの? わたしの言うことが信じられないの?」
「あなたこそ、どうして嘘《うそ》なんかつくのよ。本当のことを言ってくれないから、こっちもつい心配になって……」
「わたしはもう未成年じゃない。いちいち、することなすこと、叔母《おば》さんに報告しなくちゃいけないの?」
「そうは言わないけれど、一緒に暮らすにはそれなりのルールというものがあるでしょ。外泊するならするで————」
 そう言いかけると、その言葉を遮るように、火呂は言った。
「わたしは、そんなルールになんか縛られずに自由に暮らしたい。だから、出て行くって言ってるのよ。叔母さんももうわたしのことにはかまわないでよ。母さんとの約束は果たしたんでしょ。だったら、ほっといてよ。関係ないんだから」
「関係ない?」
 穏やかに話すつもりだったが、火呂の口から出た思いがけない言葉に、蛍子はついかっとなった。仕事も手につかないほど心配しているというのに、「関係ない」とはどういう意味だ。
「関係ないってどういうことよ?」
「……」
「あなたは、わたしの姪なのよ。血がつながっているのよ。赤の他人じゃないわ。それがどうして関係ないのよ?」
 火呂は押し黙っていた。
 一言でも、「ごめん。言い過ぎた」と謝ってくれたら、蛍子としても、姪の暴言を許すつもりでいたが、火呂は唇をかみしめてうつむいたまま、何も言わなかった。
「そう。分かったわ。だったら、好きにすればいい。出て行きなさい」
 蛍子は、つい、売り言葉に買い言葉的な勢いで、そう言ってしまった。
 火呂は、きっと口を引き結んだまま、黙って出て行った。やがて、ドアの閉まる音がした。
「一体、何があったのよ?」
 叔母と姉のやり取りを、亀の子が首をすくめるようにして見ていた豪に、幾分八つ当たりぎみの口調で聞くと、豪は肩を竦《すく》め、見たいテレビ番組のことで互いに譲らず口喧嘩《くちげんか》になっただけだという。
「それだけのこと?」
 蛍子は、喧嘩の理由の、あまりのたわいなさに拍子抜けした思いで聞き返した。
「そうだよ。たったそれだけのことなのに、姉ちゃん、急に怒り出して。あれ、きっと生理中かなんかだぜ。バイトの方も今日は気分が悪いとか言って休んだみたいだから。昔から、生理になると怒りっぽくなるんだ……」
 豪はそう言ってにやりとした。
 火呂が生理中……?
 ふだんなら聞き流してしまうような言葉が、なぜか蛍子の胸をヒヤリとさせた。またもや、あの「真女子」の書き込みが頭をよぎったからだった。
 蛍子は、すぐに、その疑惑をかぶりを振って打ち消した。
 どうかしている。なぜ、「真女子」と火呂をすぐに結び付けて考えてしまうのだろう。
 それは、おそらく、「私の身体には蛇のうろこがある」という、あの奇妙な一文にこだわっているためだ……。
 火呂の左胸のうろこ模様の痣は生まれついてのものだった。火呂がまだ赤ん坊の頃、年老いた神女の一人が、火呂の痣を見て、「この子は海蛇の生まれ変わりだ。神の遣いだ」と言って拝んだという。それ以来、近所でも、「神の子」とか、「蛇の生まれ変わり」などという噂《うわさ》がたつようになった。
 火呂が八歳のとき、浜辺で歌をうたって、死にかけていた豪の魂を呼び戻したという逸話も、もともと、火呂には、「神の子」という噂がつきまとっていたからで、その「神の子が奇跡をおこした」とばかりに、まことしやかに広がったのである。
 火呂が「真女子」かもしれないという疑惑は、それだけではなかった。火呂はノートパソコンをもっている。A4サイズの蛍子の物よりもさらに小さく軽量の、携帯に便利な、B5サイズのものだった。大学にも持参して行っているようだ。当然、インターネットにも接続しているだろう……。
 しかも、いつだったか、沢地逸子があるテレビの討論番組に出ていたとき、ちょうどそれを見ていた火呂が、沢地の意見に同調するようなことを言っていたことがあった。ファンというほどではないようだったが、彼女に対して、なんらかのシンパシーのようなものは抱いているようだった。
 だとしたら、その沢地逸子が自分のホームページを持ったと知れば、すぐにアクセスしてみるのではないだろうか。
 そうだ。パソコンだ。火呂のノートパソコンの中身を見れば、何か分かるかも……。
 蛍子はそんなことを思いついた。
 携帯用だから、ひょっとしたら、スーツケースの中に入れて持って行ったかもしれない、と思いながらも、部屋を探してみると、火呂も突然の「家出」で慌てていたらしく、ノートパソコンは持ち出してはいなかった。
 蛍子は、少しためらったあと、思い切って、パソコンの電源スイッチを入れた。少しためらったのは、個人のパソコンの中身を無断で見るというのは、その人のデスクの引き出しの中を無断で開けて見ることに等しいからである。かすかな罪悪感のようなものを感じないわけにはいかなかった。
 ちょうどデスクの引き出しに、手帳や日記や手紙の束をしまっておくように、電源が入るとすぐに現れるデスクトップと呼ばれる画面には、メールや日記ソフトなど、頻繁に使うソフトのショートカットと呼ばれるアイコンが貼《は》りついている。それを、マウスやパッドのポインタでクリックするだけで、そのソフトを開いて中身を読むことができる。
 火呂のパソコンは、サイズこそ違うが、機種も基本ソフトも、蛍子が使っているものと同じだったので、使い勝手は殆《ほとん》ど変わらず、まごつくことなく操作ができた。
 蛍子は、しばしためらったあとで、まず、「お気に入り」と書かれたフォルダを開いてみた。この「お気に入り」というのは、気に入ったホームページのアドレスを登録する機能で、また訪れたいと思ったとき、これに登録しておくと、次回からは、いちいちアドレスを打ち込まなくても、クリックひとつでそのホームページに飛ぶことができるのである。
 つまり、この「お気に入り」というフォルダには、火呂がよくアクセスするホームページの名前が登録されているはずだった。
 見てみると、悪い予感が的中したとでもいうか、やはり、いくつかのタイトルに混じって、沢地逸子の「太母神の神殿」が入っていた。
 それは、少なくとも、火呂が、沢地のホームページの存在を知っており、頻繁にアクセスしていたということを物語っていた。そうでなければ、「お気に入り」に登録するはずがない。
 疑惑の色は一層濃くはなったが、火呂が沢地のホームページにアクセスしていたことが分かったからといって、「真女子」としてアクセスしていたことにはならない。
 決定的な証拠というわけではないのだ。決定的な証拠は、おそらく、ウインドウズ内のフォルダに残っている履歴ファイルを調べれば分かるのではないか。もし、沢地のホームページに投稿したことがあるならば、その記録がファイルとして残っているはずである。
 そう思って、その手のフォルダを開いて調べてみたが、それらしきファイルは見つからなかった。もっとも、ファイルが見つからないからといって、投稿しなかったということにはならない。こうしたファイルは、ネットにつなぐたびに、どんどん溜《た》まってディスクを圧迫するので、自分で削除したり、あるいは溜まらないように設定することもできるからである。アクセス後に削除したとも考えられる。
 後、調べるとしたら……。
 蛍子の目が、デスクトップに貼りついていた、「だいありぃ」と日本語で書かれた日記ソフトらしき本の形のアイコンに止まった。
 火呂は、日記もパソコン上でつけているようだった。この日記を読めば、なにもかも分かるのではないか。あの土曜の夜、一体どこに泊まったのか。何をしていたのか。なぜ親友のところに泊まったなどと嘘をついたのか……。
 蛍子の心臓は苦しくなるほど高鳴っていた。パッドのポインタでアイコンをクリックするだけで、日記ソフトは開く。と同時に、開けてはならないパンドラの箱も開いてしまうかもしれない……。
 それに、やはり、姪とはいえ他人の日記を盗み読むという恥ずべき行為をこれから自分がしようとしていることに、蛍子は殆ど肉体的な苦痛すら感じていた。
 胸は痛いほどに高鳴り、口の中はからからに渇いていた。もし、開いた日記に、読むに耐えないようなことが書かれていたら……。そう思うと、パッドのポインタをそのアイコンの上まで持っていきながら、どうしても、クリックする勇気がわかなかった。
 でも、同時に、そこには蛍子をほっと安心させるようなことが書かれているかもしれないのだ。どちらにせよ、それを開くことによって、こんな疑心暗鬼のような状態からは抜け出すことができる。そう思い直すと、ようやく、パンドラの箱を開ける勇気が出てきた。
 蛍子は思い切って、日記のアイコンをクリックした。
 が……。
 蛍子の目に飛び込んできたのは、日記ソフトを開くためのパスワードを要求する画面だった。
 え?
 と思い、拍子抜けした。これまでの気負いが一気に崩れ去るような気がした。
 火呂の日記は、パスワードを入力しなければ開かないようになっていた。いわば、鍵《かぎ》がかかっていたのである。
 一人暮らしならともかく、叔母や弟と同居している若い娘が、自分のプライバシーを守るために、日記に鍵をつけることは、考えてみれば、当然すぎる行為だった。
 そのことに最初に気づかなかった自分の浅はかさを蛍子は自嘲《じちよう》した。
 むろん、蛍子は、火呂の日記を開くためのパスワードを知らなかった。この手のパスワードに設定しがちな電話番号や生年月日などを試しに入力してみるという手もあったが、そこまでして、姪の日記を盗み読む気はさすがになかった。机の引き出しを無断で開け、そこにあった日記を開くことまではなんとかできても、日記の鍵を壊してまで読むという行為に及ぶには、蛍子の倫理感はまともすぎた。
 がっかりしたような、それでいて、同時になぜか、ほっとしたような気分で、やや放心していると、
「叔母さん」
 と声をかけられた。どきっとして振り向くと、豪が情けなさそうな顔をして立っていた。
「俺、腹へって死にそうなんだけど……」
 まだ夕食を食べてないという。
「ピザ取ってもいい?」
「あ……じゃ、今から何か作るわ」
 蛍子は、むしろ豪のこの言葉に救われたような気持ちで、火呂のパソコンの電源スイッチを素早く切った。
 久しぶりに料理でもしようと思い、近くのスーパーに寄って食材を買ってきたことをようやく思い出したのだ。
 簡単な手料理を作り、それを甥《おい》と一緒に食べ、シャワーを浴びて、さて、気を取り直して、あの翻訳原稿に目を通してしまおうと思っていた矢先、リビングの電話が鳴った。
 出てみると、知名祥代だった。
 火呂が来ているという。しばらく、こちらで「預かる」と祥代は言った。火呂に聞かれないように、自販機でジュースを買ってくるという口実で外に出て、携帯を使ってかけているらしい。
「火呂のこと、心配しないでください。おりを見て、わたしからも聞いてみますから。そのうち、きっと何もかも話してくれると思います。火呂を信じてあげてください」
 祥代はそんなことを言った。火呂とは同い年だったが、彼女の方がはるかに大人びていた。
 いっそ、祥代に任せた方がいいかもしれない。蛍子はそう思った。同居するようになるまでは、夏期休暇や正月に帰郷したときくらいしか顔を合わせなかった自分よりも、子供の時から、ずっと近くにいて、家族同然の関係を保ってきた祥代の方が、火呂の性格や何かをすべて呑《の》み込んでいるようにも思えた。
 しかも、祥代は、一浪したとはいえ、医大に受かるくらいだから、頭も素晴らしく良いし、しっかりしていて、頼りがいもある。
それに、とりあえず、今夜は本当に祥代のところに泊まると分かって、蛍子は一安心した。祥代に礼を言って、電話を切ると、ようやく、昼間できなかった仕事に集中できるような気がした。 
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