呼び出し音は鳴り続けている。
祥代はなかなか出なかった。
火呂はじっと携帯を耳にあてて、祥代が出るのを辛抱強く待っていたが、小さくため息をつき、いったん切って、少し間を置いてかけ直そうとしたとき、
「……はい?」
と女の声がようやく答えた。祥代の声だった。
「サッチン? わたし」
そう言うと、やや沈黙があった。
「……ヒロ?」
「うん。今、バイト中?」
「……まあね」
「話があるんだけれど、いい?」
「……動かないで!」
祥代の鋭い声がした。
「え?」
「ううん、こっちの話。今、勉強見てる子、目を離すと、すぐ逃げようとするもんだから」
祥代は笑いながらそう言った。
その声に混じって、電話の向こうで、「助けてくれ」だとか、「殺される」とか誰かがわめいているような声がした。
「静かにしなさい。悪ふざけもいい加減にしてよ。黙らないと……」
祥代の叱《しか》り付けるような声がしたかと思うと、何やら、物音がして、呻《うめ》き声とも悲鳴ともつかぬ声が聞こえてきた。
「……どうしたの?」
何やってるんだろう。
「ううん、なんでもない。ギャーギャーうるさいから静かにさせただけ。もう腕白な子で手焼いてるのよ。で、話ってなに?」
祥代の平然とした声がした。何をしたのか知らないが、教え子の子供らしき声はもう聞こえてこなかった。子供というほど幼い声ではなかったような気もするが……。
「さっき、沖縄のおばさんから電話があってね……」
気を取り直して、そこまで言ったものの、この先をどう祥代に伝えていいのか分からず、火呂は黙ってしまった。
「母さんから? なに? 早く言って」
祥代の声が何かを察したように鋭くなった。
「一希ちゃんが……」
「一希がどうしたの? また容体が悪くなったの?」
耳元でかみつくように祥代は聞いた。
「そうじゃなくて……あの、気を落ち着けて聞いてね」
そう言ってから、ようやく喉元《のどもと》から絞り出すようにして、一希の訃報を告げた。
沈黙があった。
「サッチン? 聞こえてる?」
火呂は、祥代があまり長いこと黙っているので、電波障害かと不安に思いながら声をかけた。
「……一希が死んだの?」
祥代の声がした。意外に、取り乱したところのない冷静な声だった。
「うん」
「本当に死んだの?」
「昨日から容体が悪くなってたんだって。それで……」
祥代に知らせなかったのは、祥代にまた負担をかけるのが心苦しかったからだという祥代の母の言葉をそのまま伝え、
「一希ちゃん、最期までサッチンの名前呼んでたって。姉ちゃん姉ちゃんって……」
そう言うと、また沈黙があった。
「そう。わかった。すぐに……すぐに帰るから」
それだけ言って、祥代は一方的に電話を切った。