日美香も双子の片割れだったのか。
日美香が茶室を出て行ったあと、一人になった聖二は思った。
やはり、自分の思った通りだった。
家伝書の序にある、あの謎《なぞ》めいた予言のような一文。あの中の、「二匹の双頭の蛇」とは、武と日美香のことにもはや間違いない。
共に、一卵性双生児としてこの世に生まれながら、最初のライバルである片割れの命を奪い取って自分の生命にしてしまうほどの生命力の強さをもつ双頭の蛇とは……。
「兄さん」
そのとき、部屋の襖《ふすま》の外から声がした。郁馬の声だった。
「ちょっとお耳に入れたいことがあります」
郁馬は押し殺した声で言った。
「入れ」と言うと、弟は中に入ってきた。
「例の喜屋武という女のことですが」
郁馬は、次兄の前に座ると、押し殺したままの声で切り出した。
「調べさせたところ、どうやら、まだ独身で高校生になる甥《おい》と二人暮らしのようです。ほんの少し前まで、この甥の姉にあたる二十歳の姪《めい》も同居していたらしいのですが、これは、最近、別にマンションを借りて独立したそうです……」
「で、何か不穏な動きはあったのか」
「いえ、今のところはこれといって別に。ただ、一つ、妙なことが分かりました」
「なんだ」
「あの伊達という探偵のことですが、松山にいる日登美様の伯母《おば》という女から依頼を受けて調査に来たと言っていましたが、どうもあれは嘘だったようです」
「嘘……?」
「ええ。松山にいる人間が、わざわざ東京の探偵にそんな調査を依頼するのも変だなと思ったものですから、念のために、この伯母なる女に問い合わせてみたんです。松山で大きな旅館を経営しているということでしたから、調べたらすぐに判りました。すると、伊達という探偵にそんな依頼をしたおぼえはないという返事でした。それどころか、事実は逆だというんです」
「どういうことだ?」
「伊達という探偵の方が松山まで訪ねてきて、あれこれ日登美様のことを聞いていったというんです。しかも、そのとき、その調査の依頼主は、日登美様の娘だと言っていたとか……」
「娘?」
聖二は眉《まゆ》を寄せて聞き返した。
「日美香のことか?」
「名前までは聞かなかったそうですが、たぶん……。日登美様が昭和五十三年に女の子を産み落としたあと亡くなられて、その娘というのが成人してから実母のことを知りたがり、伊達という探偵に調査を依頼したという話だったようです」
「妙だな。日美香からそんな話は聞いていないが……」
聖二は顎《あご》に手をあて、考えるような顔になった。
「それはいつのことだ? 伊達が松山を訪れたのは」
「八月の末頃だったそうです」
「だとすれば依頼主が日美香のはずがない。その頃なら、彼女はもう何もかも知っていたはずだ。探偵を雇って日登美のことを調べさせる必要はない」
「そうですね。おそらく、これも、伊達という探偵のはったりでしょう。相手に不審がられずに必要な情報を得るために、僕たちに架空の依頼主をでっちあげたように、伯母という女にも同じことをしたんですよ、きっと」
「ただ、そうだとしても、伊達は日美香のことをどこで知ったんだ……」
「そのことなんですが、どうも、伊達にここの調査を依頼した本当の依頼主というのは、あの喜屋武という女ではないかと思われるんです」
「あの女が?」
「ええ。探偵社に探りを入れてみたら、なんでも古い友人の頼みで、伊達はこの件を一人でやっていたらしくて。それも、スタッフの話では、ちゃんとした依頼というより、かなりプライベートな性格のものだったようです。それに、あの女は伊達の友人だと言っていましたが、ただの友人がわざわざ消息を求めてここまで足を運ぶものでしょうか。僕の勘では、喜屋武という女と伊達は単なる友人ではなく、もっと親密な間柄、たとえば、昔の恋人とかいうものではなかったかと思うんです。昔の恋人でもあり、真の依頼主でもあったあの女が、伊達が行方不明になったと聞いて、今度は自分が乗り出してきたと考えた方が筋は通るように思えるのですが……」
「しかし、そうなると、なぜ、その女がこの村や日登美のことを探偵を使ってまで調べさせようとしたのかという、その動機が問題だな……」
「それがまだ判らないんです」
「名字からすると沖縄あたりの出身か」
聖二は独り言のように言った。
「沖縄に誰かをやって調べさせましょうか」
「そうだな。もう少しこの女のことを調べてみろ……」
「分かりました。監視もこのまま続けます」