「……そのとき、俺は、達川さんの話を、百歩というか万歩譲って、信じるとしても、二十年も昔の事件の真相を今更あばいてもしょうがないんじゃないかって言ったんです。既に裁判にもかけられて、犯人といわれた少年も刑期を全うして、表向きは完全に終わった事件だろうから、今更蒸し返すわけにもいかないだろうって。
そうしたら、達川さんは、確かに法的にはもう手も足も出ない事件だが、あの事件の真犯人というか、日の本村の関係者たちに社会的な制裁をくわえることはまだできるって言うんです。
とくに、その関係者の一人は、今や次期総理とも呼び声の高い与党の大物政治家になっているのだから、これがスキャンダルとして広まれば、政治家生命を絶たれるほどの致命傷になるはずで、これなら十分社会的制裁の役割を果たすと、ね。
で、その手段の一つとして、達川さんは、インターネットを使うことを考えていたみたいです。つまり、自分のWEBページ、日本でいうところのホームページですね、これを作って、告発サイトのようなものを立ち上げようかと思っていると……」
「告発サイト?」
「そうです。最近よくあるでしょう? 企業とか行政とか大病院とかを相手取って、その内部事情を暴露する風の……。これなら、パソコン一台あれば、たいした費用もかからず、何の権力も組織力も持たない個人でもできますからね。要はインターネットを使って、新庄貴明と彼の生まれ故郷でもある日の本村に関するスキャンダルを広めようとしたわけです。
ただ、スキャンダルを広めるといっても、自分の推理を書いて発信しただけでは、ネタがネタだけに、妄想の一言で片付けられてしまうのがオチです。ま、実際、この手の告発サイトの中には、読み通すのも阿呆《あほ》らしいような妄想系も少なくないですからね。
推理に信憑性《しんぴようせい》を与えるためにも、あの事件の被害者である『くらはし』の若女将、倉橋日登美という女性を捜し出して、なんとか当時の詳しい話を聞き出そうとしていたようです。
ところが、後になって聞いた話では、この倉橋日登美という女性は、既に亡くなっていて、その代わりに、この女性の娘だと名乗る、二十歳くらいの若い女性が達川さんの元を訪ねてきたというんです……」
「葛原日美香が?」
蛍子は思わずそう聞き返した。
日美香が達川の元を訪ねていた……?
「そうです。確か、そんな名前でした。この若い女性の話では、倉橋日登美は彼女を産んですぐに亡くなったそうです。それで、この人は、実母の友人だった女性に育てられたそうなんですが、その養母が五月の連休中に交通事故で急死して、それがきっかけで、自分の出生に疑問をもったらしいんです。で、色々調べているうちに、達川さんの所に辿《たど》りついたというわけで……」
「それじゃ、達川さんは、日の本村に関する疑惑を、葛原日美香にも話したということですか」
「らしいですね。このあと、すぐ、この女性は日の本村に出向いたそうですから。なんでも、実の父親を捜すためとか」
「実の父親……」
「どうも、この日美香という女性の出生には、例の大神祭という祭りの怪しげな神事がからんでいるみたいだと達川さんは言ってましたよ。それで、彼女とは、日の本村から帰ってきたら、また会う約束をしていたらしいんですが、それがおかしなことに……」
鏑木がそこまで言って、喉《のど》が渇いたのか、ぐいとビールを一飲みした。
「おかしなことって?」
蛍子が先を促すように言うと、
「連絡が取れなくなってしまったというんですよ。最後に彼女に会ったときは、日の本村から帰ってきたら向こうから連絡くれるということだったので、連絡がくるのを待っていたらしいんですが、いつまでたっても連絡がない。それで、業をにやして、相手の携帯の番号を聞いていたんで、それにかけてみたら、通じないというんです。どうも番号を変えられてしまったとかで。まさか、このまま音信不通になるとは思っていなかったので、携帯の番号を聞いただけで、住所とかは聞いてなかったというんです。で、それきり、彼女とは会うことはおろか、連絡が取れなくなってしまったと」
「それはいつの話ですか」
「達川さんから、その話を聞いたのは、五月の末ころだったかな。例の新宿の居酒屋で」
鏑木は思い出すように言った。
「そのとき、達川さんも不思議がっていたんですよ。彼女に避けられているようだと……。日の本村で何かあったんじゃないかって言ってました」
伊達の報告書によれば、葛原日美香はこのあと、すぐに神家と養子縁組を結んで、神姓に改名している……。
そのことを鏑木に話すと、
「え。神家の養女になった? てことは、達川さんの推理は間違ってたってことなのかな……」
と呟いた。
「だって、そういうことになりますよね。もし、達川さんの推理をある程度信じていたとしたら、実母の家族を殺害し、その生活をめちゃめちゃにした神家の養女になんかならないでしょう? それでは、『敵』側につくようなもんじゃないですか」
「そうですね……」
蛍子は考えこみながら相槌《あいづち》をうった。
むろん、日の本村に実際に出向いてみて、達川が言っていたようなことが、彼の妄想にすぎなく、事実無根であることを知ったとも考えられるが……。
しかし、妙なのは、だとしたら、なぜ、村から帰ったあと、そのことを達川に報告しなかったのかということだった。
そのまま、いきなり連絡を絶ってしまうというのは、まるで……。
「達川さんとはその後もお会いになったんですか」
そう聞いてみると、鏑木はかぶりを振った。
「五月の末に会ったのが最後でした。その直後、雑誌の仕事がはいって、俺《おれ》、インドに行くことになっちゃって。日本離れてましたから。帰ってきたのが、七月の半ば頃だったんです。で、久しぶりに、例の居酒屋に顔だしたら、店主から、達川さんが亡くなったことを聞かされたんです……」