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蛇神4-8-6

时间: 2019-03-26    进入日语论坛
核心提示:    6「まあ、なんにせよ、おまえがうちを出て、ここに来たのは正解だったみたいだな」 つまみを載せた盆を持って戻ってく
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「……まあ、なんにせよ、おまえがうちを出て、ここに来たのは正解だったみたいだな」
 つまみを載せた盆を持って戻ってくると、信貴が話の続きをするように言った。
「兄貴もそう思う?」
「ああ。入院中からおまえが少し変わったとは話に聞いていたけどな」
「俺、そんなに変わった?」
「うちにいたときよりも明るくなったし、少し成長したようにも見える」
「そうかな。うちよりもこっちの方が居心地良いことは確かだけどね。ここには確固たる自分の居場所があるって気がする。ただ、様付けで呼ばれるのだけは勘弁してくれって感じだけど」
 武は、盆に添えられていた割《わ》り箸《ばし》を手に取りながら苦笑した。
「俺は逆にここは居心地悪い。前に来たときもそうだったけど、ここの人たちの中にいると、自分がよそ者って感じが強くする。夕食の席でもそうだった。でも、おまえは、一週間足らずで、完全にこの家に溶け込んだようだし、それどころか、おまえを中心にこの家全体が動いているようにさえ見える……」
「新庄の家では、俺なんかいつもオマケ扱いだったからね」
 武はやや自嘲《じちよう》めいた口ぶりで言った。
「何かにつけて、『新庄信人のお孫さん』とか『新庄貴明の息子さん』とか『新庄信貴の弟さん』って風にいつも誰かを引き合いに出されて、もれなくついてくる、そいつのオマケって感じ」
「それはこっちも同じだったさ。いつも、祖父や親父《おやじ》と比べられて……」
「誰も俺《おれ》そのものを見ようともしない。いいかげん、そういうの、うんざりしてたんだよ。でも、ここではそんなことない。新庄武本人をみんな見てくれるし、必要としてくれる。必要とされてると思うと、こっちもその期待に応《こた》えなきゃって気にもなってくるし」
「まあ、あの家では、おまえを必要とするというか、おまえの成長を本気で望んでいる人間はいなかったからな……」
 信貴はそんなことをぼそっと吐き捨てるように言った。
「え?」
「おふくろの本心は、おまえを手のかかる大きな赤ん坊のままにしておきたいってとこだったろうし。そうすれば、いつまでも自分の手元に置いておけるから。母性愛ってやつもこわいね。こうやって、愛の名のもとに、無意識のうちに子供をスポイルしていくんだから。ある意味では、殴る蹴《け》るの虐待よりも始末におえない」
「確かに、母さんにはそういうところ、多少はあったけれど」
 武も渋々それを認めた。
 母のことは好きだったが、時々、その過剰な保護がひどく煩わしく感じることがあった。転んでも自力で立とうとしているのに、母がどこかで見ていて、さっと駆け寄って来ては、助け起こしてしまう。
 自分で立ちたかったのに……。
 立たせてもらったあとで、いつもそんな不満を幼心にも感じていた。
「でも親父は———」
 父は自分の成長を望んでいたのではないかと言いかけると、兄はかすかに首を振った。
「いや、あの人も……。内心はおまえの成長を望んではいなかったかもしれない」
「そう……?」
 武は意外そうに聞き返した。
 父が自分の成長を望んでいない?
 父こそが息子の成長と変化を一番望んでいると思っていたのに。そして、そのことをことあるごとに言われもした。
「もっと大人になれ」とか「成長しろ」とか。言われるたびに耳が痛くて、つい反抗的な態度をとってしまったが、内心では、できれば、そんな父の期待に応えたい、父に満足してもらいたいと思っていた。
 だから、これを機に、気持ちをいれかえて、頑張ってみよう。父や兄が難無く入り卒業できた大学に再度挑戦することで、まずその第一歩を歩きだそうと思っていたのに……。
「もっと成長しろとか、口ではよく言ってるんだけどね」
 信貴はさらに続けた。
「それが本音かどうか。本当におまえの成長を望んでいたのかな……。それに、気のせいかもしれんが、最近、あの人もちょっと変わったような気がする」
「変わった? どういう風に?」
 武は思わず身を乗り出した。なぜか、父の話題には無関心ではいられなかった。
 兄がいつ頃からか、父のことを話題にするときに、「あの人」と、敬意をこめるというよりも、冷ややかに距離をおくような他人行儀な呼び方をするようになったことに武は気づいていたが、今はそのことよりも、父が最近少し変わったという言葉の方が気になった。
「……今まで全身から発していたあの強烈なオーラみたいなものが薄れたというかな。前は、近寄りがたいほどギラギラとした自信に満ちたオーラを発していたのに、最近はそれがあまり感じられないんだ。今まであの人に憑《つ》いていた憑き物が落ちたとでもいうか。前ほどカリスマめいたものが感じられないんだよ。背中見てると、年とったなと思うことさえある……」
 兄は、父の私設秘書として、公私において行動を共にすることが多い。いつも父のそばにいる兄が言うのだから、この「発見」は単なる気のせいではないような気がした。
「それって、いつから?」
「おまえがあの事件に巻き込まれて入院してから……というか、おまえにそのお印とやらが出てからだよ、あんな風になったのは」
「……」
「そういえば、俺、聞いちゃったんだよな」
「聞いたって何を?」
「おふくろが、おまえの背中に蛇の鱗《うろこ》みたいな変な痣《あざ》が出たって報告した夜……。親父がそれを聞いて、凄《すご》くショックを受けたみたいに呟《つぶや》いたのを」
「なんて言ったの?」
「どうして武なんだ。どうして俺じゃないんだ……てさ」
「どうして俺じゃないんだ……?」
 武はついオウム返しに繰り返した。
 父がそんなことを?
 それではまるで……。
「それ以前にも、親父がおまえのことを内心ではこわがってるんじゃないかって、時々感じたことがある……」
「こわがる? 親父が俺を?」
 武は思わず吹き出した。
「それはこっちの台詞《せりふ》だよ。あ、そうか。こわがるって、なんかやばい事件でも起こされてスキャンダルになるのをって意味か」
「そうじゃない。それも多少はあるが、あの人が恐れていたのは、おまえが引き起こすかもしれないスキャンダルよりも、おまえの成長そのものだ」
「……」
「こんなことを思うのも、俺自身がおまえをこわがっていたからかな。誰かの心理が手に取るように分かるというのは、実は、自分の中にも同じものがあるからなのさ。人は自分にないものは他人に見ることはできないからね」
 信貴は、少し酔ったのか、薄赤く染まった顔でそんなことを言い出した。
「こわがってたなんて……ウソだろ?」
 武は驚いたように言った。
「ウソじゃない」
「兄貴が俺のことを軽蔑《けいべつ》していたのは知ってたよ。だから、まともに口きいてくれないのかと思ってた……」
「軽蔑してたさ。おまえの、何ひとつ本気で取り組もうとしない、その甘ったれぶりを。でも、軽蔑……というより、本当は少し羨《うらや》ましかったのかもな」
「羨ましい?」
「ああ。次男坊は気楽でいいなって。おまえには選択の自由がある。職業ひとつにしても、自分の好きなものが選べるだろ。俺にはその自由が最初からなかった。新庄家の長男としておぎゃーと生まれた時点で、もう目の前には歩くべき道が麗々しく敷かれていたんだから。祖父が開拓して、親父が舗装した立派な大通りがね。その通りの両|脇《わき》には、親戚《しんせき》連中や後援会の連中がずらりと並んで、ちぎれんばかりに旗ふってやがるんだ。俺に許されたことは、その道をわき目もふらず道草もくわずに真っすぐ歩き通すことでしかない……」
「そんないい方すると、いやいや、親父の後を継ごうとしているように聞こえるぜ」
「好きでやってるとでも思っていたのか」
「……。だって、兄貴、小学校の頃に、作文に書いたんだろ。『大きくなったら、おじいさんやおとうさんのような、りっぱな政治家になりたいです』って。いまだに親戚連中が集まると、その話するじゃないか。センダンは何とか言ってさ」
「あんなもの……」
 信貴は鼻で笑った。
「こう書けば、教師や親に褒められると知ってたから書いただけだよ。小学生はみんな無邪気で、本音しか言ったり書いたりしないと信じ切っている馬鹿な大人が喜びそうなことをな」
「じゃ、本当は何になりたかったんだよ?」
「……バスの運転手」
 兄の口から飛び出した思いがけない言葉に、武は思わず聞き返した。
「バスの運転手?」
「幼稚園のときからなぜかあこがれていたんだ。路線バスの運転手とかに」
「知らなかった……。子供んころから政治家志望だと思っていたよ」
「そういえば回りが喜ぶからさ。しかし、思えば、自分の本心をうまく隠して周囲の喜びそうなことばかりを言う点においては、あの頃から、立派な政治家としての一歩を歩み出していたことになるな」
 信貴はそう言って、やや皮肉めいた笑い方をした。
「だから、おまえの気持ちも分からないわけじゃないんだよ。いつも祖父や親父と比べられて嫌だって気持ちはな。俺だってそうだった。でも、それはしょうがない。三世に生まれついたものの宿命だと思うようになっていったし、何やっても親の七光りだと陰口たたかれるなら、いっそ、その七光りを利用してのしあがってやろうって気にもなった。でも……」
 信貴はそう言って、やや底光りのする目で武を見た。
「祖父や親父《おやじ》と比べられて、劣っているとか言われるのはまだ我慢ができるんだ。相手が年上だからな。でも、もし、年下の弟と比べられて、弟の方が優れているなんて言われたりしたら、それは我慢ができないと思った。弟に追い抜かれるというのは、どんなライバルに蹴落《けお》とされるよりこたえるんだよ。兄としては……」
「そんな。兄貴の考えすぎだよ。スポーツでならともかく、勉強で兄貴を追い抜くなんて俺《おれ》には無理だった。小学校のときからずっとトップクラスの座を維持してきた兄貴をどうやって追い抜けっていうんだ?」
「おまえ、自分の知能指数、知ってる?」
「詳しくは知らない。わりと高いとは聞いたことあるけど……」
「百八十近くあったそうだ」
「へえ……」
「俺は百十程度。まあ、並だな。おまえの知能指数が天才クラスだって聞いたときは、正直いって、ショックだった。学校の勉強なんて、こつこつやった者勝ちなんだよ。特別な才能なんて必要ない。どんな馬鹿でも、毎日、机にむかってこつこつやってりゃ、東大に入るのだって不可能じゃない。だから、おまえが、スポーツに入れ込むくらいに学業にも興味をもっていたら……と考えるとこわかった。俺が寝る暇も惜しんでこつこつと築きあげてきたものを、おまえは最低限の努力をするだけで、あっさり手にいれそうで。後ろから来てさーと追い抜いていきそうで」
「……」
「だから、口ではもっと頑張れなんて言いながら、内心では、頑張るな、頼むから劣等生のままでいてくれって、必死で祈っていたんだ……」
 信貴の口元は冗談でも言うように笑っていたが、メガネの奥で光る目はけっして笑ってはいなかった。
「今も……そう思ってる?」
 武はおずおずと聞いた。
 すると、信貴は一瞬考えるように、畳に視線をおとしていたが、目をあげて、きっぱりと言った。
「いや。思ってたら、たとえ酔っ払ったとしても口には出さないね。そういう意味では、俺も少し変わったかな……それに、最近になって、おまえという人間は俺程度がライバル視するような器じゃないようにも思えてきた。モーツアルトにサリエリが対抗するむなしさというかさ。器が違いすぎる。そういう気がしてきたんだよ。今日、ここに来てそれが一層確信できた。だったらいっそ、身内ってことで、応援団に回ってしまった方が気が楽かなってね……」
「それって買いかぶりすぎねえ? 叔父《おじ》さんも時々そういうこと言うけど、自分ではさすがにそこまでは———」
 武は困惑したように言った。
「やっぱり叔父さんもそう思っていたのか。だとしたら、よけい買いかぶりじゃないな。感じるんだよ」
 信貴はそう呟いて、弱々しく笑った。
「感じるって何を?」
「今まで親父に感じてきた輝きというかカリスマのようなものを、今、おまえに。まだそんなに強くはないが……」
「ええ?」
「ここへ来て、おまえが明るくなったって言っただろう? あれは環境が変わったことで気持ちが開放的になって明るくなったって意味だけじゃない。文字通り、おまえの身体から、オーラのような光が見えるんだよ」
「……」
「昼間、庭の植え込みの陰から、おまえがこの家の人達に囲まれてるのを見たとき、俺の頭に、一瞬、変なイメージが浮かんだんだ」
「変なイメージ?」
 武は怪訝《けげん》そうな顔をした。
「いつかおまえが……あんな風に大勢の人たちに囲まれて、一段高いところにいるイメージがね。ふっと頭に浮かんだんだよ。それも半端な数じゃない。世界中の人達が一堂に集まってきたんじゃないかと思われるような物凄い数の群衆、しかも熱狂的な群衆の中心におまえがいるんだ」
「何それ? まさか、なんか極悪なことして集団リンチにあってる図とか?」
「そうじゃない。群衆はおまえを囲んで仰ぎ見ている。まるで、ようやく現れた太陽か何かを仰ぎ見るように……」
「へえ?」
「俺にもよく分からないが、これは一種の予知能力かなとも思った。もしかしたら、いつか、おまえがそんなとてつもない存在になるという……。おまえほどではないが、俺にだって神家の血は流れているんだよ。千年以上にもわたって巫女《みこ》や神官を生み出してきた神がかりの血がな。軽い予知能力くらいならあっても不思議はないじゃないか」
「信じられねえよ、そんな話」
「それと……」
 信貴は思い出したように言った。
「そのときのイメージでは、群衆が仰ぎ見ているのは、実は、おまえだけじゃなかった。おまえの隣にもう一人いた」
「もう一人……?」
「女がな」
「女……」
「それが———」
 信貴はじっと弟の顔を見ながら言った。
「日美香さんに似ていたんだよ……」
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