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蛇神4-8-9

时间: 2019-03-26    进入日语论坛
核心提示:    9 明かりをすべて消した闇《やみ》の中で、どこかの部屋の柱時計らしき音が微《かす》かに鳴るのを、日美香は真|冴《
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 明かりをすべて消した闇《やみ》の中で、どこかの部屋の柱時計らしき音が微《かす》かに鳴るのを、日美香は真|冴《さ》えた頭で聴いていた。
 ボーン、ボーン、ボーン。
 三つ鳴った。
 今、午前三時……。
 布団に入って、一時間以上にもなるというのに、まんじりともできなかった。
 頭の中では、養父に言われた言葉の数々が何度も蘇《よみがえ》ってくる。
 ちょうど、五月の半ば、この村にはじめて来て、同じ男の口から自分の出生にまつわる秘密を明かされた夜のように……。
 日美香はとうとう眠るのをあきらめ、起き上がると、部屋の明かりを点《つ》けた。
 そして、部屋の片隅にある鏡台の前まで行くと、パジャマのボタンをはずし、前を開いて、右胸の上にある蛇紋を映して見た。
 蛇紋は、抜けるように白い膚《はだ》に、妖《あや》しく薄紫色に浮かび上がっていた。
 この蛇紋がわたしを守っている……?
 養父の部屋を出ようとしたとき、呼び止められ、唐突に、「以前の恋人と肉体関係があったか」と聞かれた。
 新田裕介のことは、別れたあとに、聖二には打ち明けておいた。
 大学の先輩にあたり、学部は違うがサークルを通して知り合い、二年以上も付き合っていたこと。そして、この四月に、プロポーズされ婚約寸前までいっていたことも……。
 ただ、この男とは二年以上も付き合っていながら、なぜか、一度も肉体関係をもったことはなかった。
 養父にそのことを聞かれて、日美香は素直に打ち明けた。
 すると、養父はべつに驚いた風も見せず、「やはりそうでしたか……」と呟《つぶや》いただけだった。
 このことを、以前、養母だった葛原八重に知られたときは、天然記念物でも見るような目で見られ、ひどく驚かれたものだったが……。
「自分でおかしいと思ったことはありませんか。二年以上も付き合っていながら、一度も、恋人とそうならなかったことを」
 聖二はそう聞いた。
「それは少しは……」
 日美香はとまどいながらもそう答えた。
 日美香自身は別に我慢していたわけでもないので、さほど異常とも思わなかったが、回りの若い女性たちの生態を見たり聞いたりしていると、彼女たちと自分が同じ生物とは思えないほどにかけ離れているように感じたことはあった。
 そのときは、自分の方が女として人間として何か大切なものが欠けているのではないかと悩み、それが密《ひそ》かなコンプレックスにさえなっていたのだが……。
 ただ、新田裕介と肉体的に結ばれなかったのは、必ずしも日美香だけの責任ではなかった。一度、そうなる寸前までいきながら、胸の蛇紋を見られた瞬間、それまで積極的だった男が、突然、脅《おび》えたように引いてしまったことがあった。
 そのときのことを話すと、それを聴いていた養父の端正な口元に微笑のようなものが浮かんだ。
 安堵《あんど》と哀れみの混じったような奇妙な微笑が……。
「それは……たぶん、あなたがお印によって守られているということです。その蛇紋は、大神がこの世に再び立ち現れたときに、花嫁にすると決めた女を選別するための目印でもあるからです。だから、大神以外の……いや、大神の御霊《みたま》が宿った男以外の男があなたに触れようとしても、何らかの力が働いて、それは阻まれるのです。
 しかし、お印によって守られているということは、裏をかえせば、お印によって縛られているということでもあります。
 言うなれば、あなたは生まれつき、自分では脱ぐことができない見えない鎧《よろい》を着せられているようなものです。普通の男ではこの呪《のろ》われた鎧を脱がすことはできない。
 この村に住む日女の掟《おきて》からは、あなたは自由かもしれません。でも、結局、この村の日女を縛っている掟と同じ、いやそれ以上の厳しい掟が、あなたを生涯縛ることになるでしょう。
 この先、あなたがどこに行き、どこに住もうと、誰と出会って恋に落ち、どんなに互いを求め合っても、その男と肉体的に結ばれることはできないでしょう。新田という男に起こったことがその男にも起こるはずだからです。そのお印が有る限りは……。
 そして、たとえ、それを、若気の至りでいれてしまった刺青《いれずみ》でも消すように取り去ろうと思っても、消すことはできないはずです。どんな手段で胸の紋を消し去ったとしても、たぶん、どこか別の場所にまた現れるだけのことです。
 今度は背中か脇腹《わきばら》か足か手か。最悪の場合は顔に出るかもしれない。身体中の皮膚がボロボロになるまで除去手術を繰り返したとしても、蛇紋を消し去ることはできない。なぜなら、それは、肉体というより、あなたの魂そのものに刻みこまれた刻印なのですから。
 でも、それを不幸だと嘆く必要はない。あなたが生まれながらにして着せられた鎧を脱がせることができる男が一人もいないわけではないのだから。たった一人だけだがその男は存在している。同じ神紋をもち、大神の御霊を宿すはずの男が。この男だけが、その呪われた鎧を脱がすことができるのです。
 あるいは、こういうたとえもできる。
 あなたはいわば、この世の最も重要なものを中に秘めた小箱の錠前のような存在なのです。きわめて特殊でこの世に一つしか存在しない。むろん、ありふれた普通の鍵《かぎ》ではそれは開けられない。その特殊な錠前をはずすことができる唯一の特殊な鍵。それが、おそらく武だということです……」
 聖二はそう言ったあとで、駄目押しのようにこう付け加えた。
「けっして脅すつもりでこんなことを言うのではありませんが、今、あなたの目の前に置かれている、手を伸ばせば容易につかみとることができる、この鍵をためらって取らなければ、あなたは一生、後悔するはめになるかもしれません。この先、これに代わる鍵など世界中を隈無《くまな》く探したとしても、おそらく見つからないでしょうから……」
 自分という特殊な錠前に合う唯一無二の特殊な鍵。
 それがあの少年だというのだろうか……。
 日美香は鏡台の前から離れると、南向きの窓辺に近づいた。
 しまっていたカーテンを僅《わず》かに開いて外を見てみると、夜明け前のいっそう深く濃い闇に包まれ、眠る獣のようにうずくまる屋敷の中で、一つだけまだ煌々《こうこう》と明かりが灯《とも》っている窓があった。
 あれは確か……。
 今日の午後、突然訪ねてきた武の兄、信貴に与えられた部屋の窓ではないだろうか。
 そういえば、養父の部屋から一足先に出て行くとき、武が、「今夜は兄貴の部屋に布団を運んで、そこで一緒に寝る」と、修学旅行に来た中学生のような嬉《うれ》しそうな顔で言っていたのを思い出した。
 今も窓に明かりがついているということは、こんな時間まで、兄弟で話しこんでいるのだろうか。
 あの明かりの灯った窓の向こうに武がいる……。
 そう思うと、なぜか、日美香の胸の奥にも、ぽっと仄《ほの》かな明かりが灯ったような思いがした。いや、明かりというよりも、それは小さな炎だった。
 その思いは、これまでの異母弟に対する感情とは微妙に違うような気がした。何か、こう身体の芯《しん》が、その小さな炎に炙《あぶ》られ、熱く疼《うず》くような、日美香にとって生まれてはじめて味わう奇妙な感覚だった……。
 以前の恋人、新田裕介のことを想《おも》うときでも、こんな感覚は味わったことがなかった。
 ただ、その炎をゆらがせるように、突然、ある不吉な思惑が脳裏を横切った。
 それは……。
 自分にとっては、武は唯一無二の鍵かもしれないが、武にとっては、自分が唯一無二の錠前ではないということだった。
 もう一人いる。
 わたしと同じ神紋をもち、わたしと全く同じ顔をもつ女が。
 養父には、生まれてすぐに死んだと嘘《うそ》をつき、その存在を隠し続けている妹が……。
 妹とは同じ遺伝子を分かち合っただけではなく、同じ宿命をも分かち合っているのではないか。
 突然、そんな考えがひらめいた。
 ただ、不思議なのは、なぜ、武の双子の兄は生まれてすぐに死んだのに、自分たちの方は共に生き延びたのかということだった。
 もし、武の兄も生きていたら、あるいは、わたしと火呂のどちらかが生まれてすぐに死んでいたら、天と地を支配する「双頭の蛇」たる両者のバランスは巧《うま》く保たれただろうに……。
 養父は、この世は壮大な織物のようなもので、わたしと武はその織物上に離れて現れた同一のパターンのような存在であると言った。
 でも、彼も知らない。
 本当は同一ではないことを。
 微妙にそのバランスが崩れていることを……。
 そうか。
 バランスが崩れたのだ。
 一新生児の死によって、これまで均衡が保たれていたこの世のバランスが僅かに崩れたのではないか……。
 だからこそ、そこに「動き」が生じたのかもしれない。
 完全につりあっている天秤《てんびん》はぴくりとも動かない。死にも似た永遠の静寂を保ち続ける。しかし、どちらかの秤《はかり》に僅かでも重みが加わっとき、両者のバランスが微妙に崩れたとき、そこに「動き」が起こる。
 螺旋《らせん》の力とはまさに、この、それまで保たれてきた調和やバランスが僅かに崩れたときに生じるものであると、養父は言った。
 運動とはそうして起こるものだと……。
 武の兄が生まれてすぐに死んだということが、あるいは、わたしと火呂のどちらかが死ぬ定めにあったのに共に生き延びたということが、この世のバランスを狂わせ、大いなる螺旋の力を呼び起こす原因になったのではないか。
 一つしかない鍵に二つの同じ形をした錠前。
 わたしがこの胸のお印によって護られ縛られているとしたら、妹もまたそうではないのか……。
 妹もわたし同様、一人の女としてのささやかな人生など最初から許されていないのだとしたら……。
 もし、彼女がそのことに気づいて、自分という特殊な錠前を開ける鍵を探しはじめたとしたら……。
 そして———
 もし、どちらかにしか、この鍵が手にはいらないのだとしたら……。
 鍵を手に入れられなかった方の錠前は封印されたまま錆《さ》びて朽ち果てる運命にあるのだとしたら……。
 それならば……。
 わたしがこの鍵を手にいれる。
 妹よりも先に。
 今、目の前にあるのだから。
 手を伸ばせば取れるのだから。
 妹には渡さない。
 絶対に渡さない。
 日美香の中でようやく決心がかたまった。
 それは同時に、それまでは、たとえ離れて暮らしても、分身としての愛情を感じていた双子の妹を、自分の存在を根本から脅かす最大の「敵」であるとはっきり認識した瞬間でもあった。
 明日の朝一番に、養父にこの決意を伝えよう。
 神迎えの神事の日女役を引き受けるということを……。
 すると、まるで、その決意を見届けたかのように、それまで灯っていた窓の明かりがふっと消えた。
 あとは濃い闇《やみ》ばかりだった。
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