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蛇神5-2-1

时间: 2019-03-27    进入日语论坛
核心提示:     1 十月二十八日。水曜日の昼過ぎだった。 神田|神保町《じんぼうちよう》にある出版社「泉書房」の雑然とした編集
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 十月二十八日。水曜日の昼過ぎだった。
 神田|神保町《じんぼうちよう》にある出版社「泉書房」の雑然とした編集部内に、突如として、携帯電話の着信音が鳴り渡った。
 部屋の片隅のコピー機の前で、原稿のコピーを取っていた喜屋武蛍子《きやんけいこ》は、はっとしたように振り返った。
 あの着信音は蛍子の携帯のものである。
 昼飯時ということもあって、編集長をはじめ他の部員たちは皆出払っていた。
 コピー作業を中断すると、自分のデスクに慌てて戻り、着信音の鳴り続けている携帯を取った。
 かけてきた人物に心当たりがあった。
「もしもし、喜屋武ですが」
 そう言うと、
「近藤です。今、神保町駅に着いたんですけれども……」
 若い女性の声がすぐに返ってきた。
 案の定、その人物だった。
 ディスプレイに表示された番号からすると、相手も携帯からかけているらしく、まだ駅ホーム内にいることを示すような雑音が電話の向こうから漏れ聞こえてきた。
「それなら……」
 蛍子は、駅の近くにある喫茶店の名前を言い、十分くらいで行くから、そこで待っていて欲しいと告げた。
 切れた携帯をビジネスバッグに放り込むように入れると、腕時計を見た。午後一時を少し過ぎたところだった。
 椅子の背にかけておいた薄手のカーディガンを羽織り、ビジネスバッグを持つと、脱兎《だつと》のごとく、入り口に向かった。
 近くの蕎麦《そば》屋で昼飯を済ませてきたのか、口の端に楊枝《ようじ》をくわえた編集長と入り口のところでぶつかりそうになりながら、廊下を小走りに走ってエレベーターに飛び込んだ。
 社を出て古書街を速足で歩き、待ち合わせの喫茶店に着くと、軽く息を切らせながら、さほど広くはない店内を見渡した。
 奥の方の席で、入ってきた蛍子を見て、「ここだ」というように片手を挙げている女性がいた。
「近藤道代さんですか」
 手を挙げていた女性の席まで行くと、そう声をかけた。女性は頷《うなず》いた。年の頃は、二十代半ば、一見したところ、子持ちの主婦には見えないほど童顔の可愛らしい顔立ちで、写真で見た幼女の顔によく似ているな、と蛍子は思った。
「喜屋武です」
 名刺入れから名刺を出して渡しながら、そう挨拶《あいさつ》すると、向かいの席に座った。
 注文を聞きにきたウエイトレスに、ホットコーヒーと昼食代わりのシフォンケーキを頼んでから、
「わざわざ御足労いただきまして……」と言うと、
「いいえ、とんでもありません。こちらこそ、娘のことで、お仕事中をお呼びだてして申し訳ありません」
 近藤道代は恐縮したようにそう答えた。
「あの……それで、さっそくですが、喜屋武さんが、うちの娘……さつきを見かけたのは、長野県の日の本村という村でだというお話でしたが、そこのところをもう少し詳しくお聞かせ願えないでしょうか」
 道代は、目の前のコーヒーには手をつけず、身を乗り出すようにして訊《たず》ねてきた。
「それが……。電話でも申し上げましたように、あのとき見かけたお嬢さんがさつきちゃんであるかどうか確信はないんです。話をしたわけでもないし、ほんのちらと見かけただけですので」
 蛍子は慌てて言った。
「でも、その女の子は、さつきに似ていたのでしょう? 右の頬に黒子《ほくろ》もあって……」
 近藤道代は、藁《わら》でもいいからすがりたいというような顔つきで聞き返した。
「ええ。確かに、テレビで報道された写真の子によく似ていました。年の頃も三、四歳という感じで。オカッパ頭で、右頬に黒子もありました。それで、まさかと思って、連絡差し上げたのですが」
 蛍子は言った。
 喜屋武蛍子が、「消えた子供たち」というタイトルのテレビ番組をたまたま自宅で観たのが、二日前の夜のことだった。
 二時間ものの特集番組で、ここ十数年の間に、親元から忽然《こつぜん》と姿を消し、いまだにその生死すらも分かっていない少年少女の行方不明事件のファイルばかりを集めて公開して、全国の視聴者に目撃情報等の提供を呼びかける趣旨の番組だった。
 塾帰りに姿を消した少女。家の庭先で遊んでいて、親がほんの一瞬目を離した隙に、まるで神隠しにでもあったようにいなくなったという少年。なかには、二階の子供部屋のベッドで寝ていたはずの子供が、朝にはいなくなっていたというケースすらあった。
 そんな番組を何げなく観ていた蛍子があっと思ったのが、今年の四月末、埼玉県内のショッピングセンターの駐車場で起きたという事件が紹介されたときだった。
 母親が買い物を済ませる間、車の中に残しておいた三歳になる幼女が、母親が戻ってきたときには姿を消していたというもので、状況から見て、幼女は、一人で車から出たのではなく、何者かに誘拐されたのではないかと思われた。母親の話では、近くにサングラスをかけた若い男が運転する不審な車が停めてあり、買い物から戻ってきたとき、この男の車もなくなっていたという……。
 事件の簡単な紹介が済んだあと、そのいなくなったという幼女の顔写真が画面一杯に映し出された。
 それを見た蛍子は、思わず小さく叫んでいた。
「近藤さつき」という名前のその幼女の顔に見覚えがあったからだ。
 肩まで届くくらいのオカッパ頭で、右頬にやや目立つ黒子のある愛らしい顔立ち。
 それは、今から二週間あまり前、長野県の日の本村を訪れたとき、日の本神社という社の裏手の林の中で、偶然、見かけた、白衣に濃紫の袴《はかま》を着けた巫女《みこ》姿の幼女によく似ていた。
 他人の空似かとも思ったが、番組の終わりの方で、「どんな些細《ささい》な情報でもいいので、何か情報をお持ちの方はこちらまでお知らせください」と言う旨のテロップが出たとき、「まさかとは思うが、念のため」くらいのつもりで、その連絡先にコンタクトを取ってみたところ、翌日になって、「コンドウミチヨ」と名乗る女性から電話があり、「娘のことで詳しい話を聞きたい。明日にでも会ってもらえないだろうか」と言ってきたのである。
 そこで、昼どき、会社の近くでよければ会う時間が作れると答えると、相手の返事はそれでいいということだったので、こちらの携帯番号を教え、神保町駅に着いたら連絡してくれと告げておいたのである。
「……それで、さつきの写真を何枚か持ってきたんですが」
 道代はそう言うと、傍らに持っていたハンドバッグを探って、何枚かのスナップ写真を取り出し、それを蛍子に見せた。
 いずれも、例の幼女が写ったスナップ写真で、中には、正月にでも撮ったのか、着物姿のものもあった。
「どうでしょうか?」
 写真を一枚ずつ見ている蛍子の手元を覗《のぞ》きこむようにして、道代は食い入るような目で訊ねた。
「似ているような気はしますが。でも、絶対にこの子だという確信はこれを見てもちょっと……」
 蛍子としてはそう答えるしかなかった。
「さつきは……いえ、その女の子は、喜屋武さんがご覧になったとき、巫女のような格好をしていたということでしたね?」
 道代はさらに訊ねてきた。
「ええ。白衣に濃紫の袴姿で……」
 蛍子は、一通り見終わった写真を近藤道代に返しながら、日の本村で、さつきによく似た幼女を見かけたときのことを詳しく話した。日の本神社の神官である神郁馬《みわいくま》という青年を探しているうちに、うっかり、一般参詣者は立ち入り禁止になっている社の裏手の竹林に入り込んでしまい、そのとき、そこで、二十歳あまりの、やはり巫女姿の女性と毬《まり》遊びに興じる幼女の姿を垣間見たことを……。
 そして、その村には、蛇体の太陽神に仕える日女《ひるめ》と呼ばれる、生まれながらの巫女たちがいて、社の奥にある一軒屋で、村人たちとは隔離された共同生活を営んでいるという話を聞いていたので、そのときは、その巫女姿の幼女も、幼い日女の一人であると思ったことなどを話した。
「……もし、その子がさつきだとしたら、どうしてそんなところに……」
 蛍子の話を聞き終わると、道代は茫然《ぼうぜん》としたように呟《つぶや》いた。
「わたしもそれが分からないんです。その日女と呼ばれる巫女たちは、皆、日の本神社の神官をしている神家《みわけ》の血を引く女性ばかりのはずで、よその子供がそこにいるというのは考えられないんです。ですから、他人の空似にすぎなかったのか、あるいは……」
「あるいは?」
「それで、一つ伺いたいのですが」
 今度は蛍子の方が聞く番だった。
「もしかして、近藤さんは長野のご出身ではありませんか」
 そう聞くと、道代はすぐにかぶりを振った。
「いいえ、違います。わたしは生まれも育ちも埼玉です」
「ご主人は?」
「主人も同じです。主人とは幼なじみですし、子供の頃からよく知っています」
「それでは、道代さんかご主人のご両親が長野の生まれとか……そういうことはありませんか」
 さらに訊ねると、
「父の方はやはり埼玉の出身だと聞いていますが、母は、確か、岡山生まれだと聞いたことがあります。主人の両親も、詳しいことは知りませんが、長野の出身ではなかったと思います」
 道代は思い出すような表情でそう答えた。
「これまで、長野に旅行したり、日の本神社という社を訪ねたりしたことも……?」
「ありません。軽井沢あたりまでなら旅行で行ったことがありますが。でも、日の本神社なんて聞いたこともないし、もちろん、行ったこともありません」
 近藤道代はきっぱりと言い切った。
「そうですか……」
 蛍子は軽くためいきをついた。
「となると、わたしが見た女の子は、残念ながら、さつきちゃんではなかったのかもしれません。日の本神社と近藤さんのお宅に何らかの血縁関係でもあれば、もしやと思ったのですが。それに、あの女の子は、連れの女性にとてもなついているように見えました。もし、あの子がさつきちゃんだとしたら、あんな風に他人になつくものかどうか……」
「で、でも、さつきは、あまり人見知りをしない子でした。優しくしてくれる人になら、知らない人でもすぐになついてしまうようなところがありました。それに、ふだんから聞き分けのいい子で、どちらかといえば、扱い易い方だと思います。だから、それだけでは、その子がさつきではないとは言い切れません」
 道代はそう言い張った。
「とにかく、わたしが見れば、娘かどうか一目で分かります。その子だって、もしさつきだったら、わたしを見れば何か反応するでしょう。まさか親の顔を忘れたなんてことはないでしょうから。明日にでも、日の本村という所へ行って、その子がさつきかどうか確かめて来ようと思います」
「でも、それは……」
 難しいのではないか。
 蛍子はそう言いかけて、口をつぐんだ。
 日女たちの住居は、社の奥の、一般参詣者は立ち入り禁止の区域にある。村人ですら、日女に会えるのは、大神祭の時だけだというのだから、道代のようなよそ者がいきなり訪ねて行っても、そうおいそれとは、日女たちには会わせてもらえないのではないか。
 まして、もし、あの幼女がさつきだとしたら、攫《さら》ってきた子供をその母親に会わせるはずがない。体よく追い払われるのは目に見えている。どちらにせよ、はるばる訪ねて行っても、無駄足になるのではないか。
 そう思ったからである。
 ただ、目の前の若い母親の必死の形相《ぎようそう》を見ていると、それは口には出せなかった。
 それに、忽然《こつぜん》と姿を消した幼い娘の安否を気遣う母親の姿に、蛍子自身、元恋人の不可解な失踪《しつそう》に心を悩ます者として、うわべだけではない共感と同情を感じていた。
 一筋の藁でもいいからすがりたい、無駄足でもいいから何かしたいという気持ちは痛いほど理解できる。
「それならば、お一人で行かずにどなたか、できれば警察の人と行かれた方が……」
 と言うしかなかった。
 近藤道代のような若い、それも童顔の女性が一人であの村に行っても、とてもあそこの連中には太刀打ちできないだろうと思ったからだ。
 もっとも、この程度の情報で、警察が積極的に動いてくれるかどうか分からないし、また、たとえ動いたとしても、捜査令状も持たないような状態では、いかなる奇怪な宗教であろうと、信教の自由が憲法で守られているこの国では、あまり踏み込んだ捜査はできないのではないかとも思われたのだが……。
「警察の人にもお願いしてみるつもりですが、主人が明日なら休みが取れるので、主人と行くつもりです」
「とにかく、あそこには、お一人では行かない方がいいですよ」
 蛍子はそう言ったあと、問われるままに、日の本村への行き方を道代に教えた。
 長野駅前のバスターミナルから、「白玉温泉行き」というバスが出ているので、それに乗って終点で降りればいいと……。
 
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