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蛇神5-4-2

时间: 2019-03-27    进入日语论坛
核心提示:     2 そんなことを鬱々《うつうつ》と考えながら寝ていると、廊下の方から足音がして、襖《ふすま》がガラリと開かれた
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 そんなことを鬱々《うつうつ》と考えながら寝ていると、廊下の方から足音がして、襖《ふすま》がガラリと開かれた。
 入ってきたのは、叔父の聖二だった。
「どうだ、具合は?」
 心配そうな顔付きで入ってくるなり、叔父はそう聞いた。
「凄《すご》くだるい。喉《のど》が痛い。食欲もないし、熱もまだあるみたい……」
 一晩寝て、昨夜よりはだいぶ良くなったような気もしていたが、重症に見せかけるために、症状を少し大袈裟《おおげさ》に申告して、ついでに空咳《からぜき》を一つ二つしてみせると、叔父は、枕元にあった体温計を取り上げ、「計ってみろ」と差し出した。
 武は言われた通りにした。すると、その体温計を見て、「三十八度五分か。まだあるな……」と呟《つぶや》いた。
「こんな体調じゃ、明日、無理じゃないかな。今から代役たてた方がいいんじゃない?」
 叔父の顔を見上げ、多大の期待を込めてそう言ってみたが、
「医者の話では、ただの風邪だということだし、熱も昨日よりは下がっている。もう一日安静にしていれば、明日には平熱になっているだろう。今日はおとなしく寝てろ。後でお粥《かゆ》でも運ばせるから」
 叔父は体温計をしまいながら、事もなげにそう言い、立ち上がりかけた。
「あ……叔父さん。ちょっと」
 武は慌てて、叔父を呼び止めた。
「なんだ?」
「俺の背中の痣って、本当にお印とかいうやつなの?」
「……」
「もしかしたら、ただの打ち身の痣かもしれないよ。もう一度、よく見てよ。今なら、消えるか薄くなってるかもしれないから」
 そう言って、最後の悪あがきとでもいうか、なんとか起き上がると、パジャマの上着のボタンをはずして、裸の背中を叔父の方に向けた。
「……」
「どう?」
 不安と期待をこめて聞くと、
「消えてもいないし、薄くなってもいない」
 叔父は無情に言い放った。
 やっぱり、ただの痣じゃないのか。武はがっかりしながら、ごろりと横になった。この痣が背中に出てから、二十日あまりがたっていた。知らぬ間についた打ち身の痣なら、とっくに消えるか薄くなっているだろう。それが依然としてそのままということは、やはり「お印」とか呼ばれる奇怪な神紋でしかないのか……。
「いいか、武」
 聖二は枕元に座り直すと、やや厳しい顔付きで諭すように言った。
「これはお印以外のなにものでもないんだ。大日女様も一目でそうお認めになったのだし、私も認めた。それで十分なんだ。あれこれ陰で言う奴はいるかもしれないが、そんな雑音は気にするな。もっと日子としての自覚と自信を持て」
「日子の自覚と自信って……?」
「たとえば、子供たちと遊ぶのはいいが、遊ばれるのはまずいな」
「……」
 子供たちというのは、暗に矢部兄弟のことを言っているのだろうか。さきほどの俊正と郁馬の会話を叔父もどこかで聞いていたのか。武は咄嗟《とつさ》にそう思った。
「もう少し、日子としての威厳を周囲に示さないとな。その上で慕われるならいいが」
「叔父さんみたいに?」
 武は皮肉っぽく言った。
 この叔父には、始終怖い顔をしているわけでも、ところかまわず怒鳴り散らすというわけでもなく、見かけは、いかにも古社の神官といった物静かな風情《ふぜい》なのに、どことなく人を圧するようなオーラがその身から漂っている。
 それは東京でたまに会うときから感じていたが、叔父のホームグランドともいうべきこの村に来てからは、まざまざと感じるようになった。
 家の子供たちなど、どんなにわいわい騒いでいても、この叔父の姿をちらりと見かけただけで、怒鳴られたわけでもないのに、しーんと水を打ったように静かになってしまうくらいだった。
 武自身、叔父と話すときは、気楽にタメ口をきいているように見えても、頭のどこかで、地雷を踏まないように、本気で怒らせないようにと気を配っているところがあった。
「すぐにと言っても無理だろうが、常に自覚をもっていれば、自然にそうなるよ」
 叔父は表情を和らげて言った。
「そういえば、さっき、俊正が言ってたんだけどさ……神家って、あいつのうちに何か借りでもあるの?」
 武は思いついたように聞いた。
「借り……?」
「俊正が言ってるのが聞こえたんだよ。『うちは神家に大きな貸しがあるから、この家に来てもぺこぺこしなくていいとお父さんが言ってた』とかさ」
「……昔、俊正の父親に、この村のために少し骨を折って貰《もら》ったことがあるんだよ。大神に仕える者として当然の奉仕をして貰ったまでのことで、貸しとか借りとかいうほどのものではないんだが、矢部はそんなことを子供に吹き込んでいたのか。どうも、最近、父子揃って少々図に乗っているようだな……」
 聖二は不快そうに呟いた。
「あ、それとさ」
 武はさらに思い出したように言った。
「日美香さんの母親は親父の従妹《いとこ》にあたる人だって、前に叔父さん、言ってたよね?」
「ああ」
「じゃ、父親は?」
「……」
 一瞬、叔父の顔が強ばったように見えた。
「彼女の父親って誰なの? この村の人?」
「なぜ、そんなことを聞くんだ?」
「なぜって。おばさんが——」
「おばさん?」
「いや、何でもない。別に理由なんてないよ。ただ、誰かなって思っただけ。俺の知ってる人かなって」
「……おまえの知らない人だよ。だから、そんなことを気にしなくてもいい。今日は何もしなくていいから、ゆっくり休め」
 聖二はそれだけ言うと、その話題にはこれ以上触れたくないとでもいうように、さっと腰をあげて、部屋を出て行った。
 変だな……。
 一人になると、武は、天井を見上げ、ぼんやりと思った。
 あのとき、叔母の美奈代は、「日美香さんの父親のことでぜひ話しておきたいことがある」と言った……。
 あれは三日前のことだった。
 昼食後、日課になっていた薪《まき》割りを裏でやっていたら、勝手口から叔母が出てきて、何やら思い詰めたような怖い顔で、いきなりそう言ったのだ。
 でも、叔母がその話を切り出そうとしたとき、台所の窓から叔母を呼ぶ声がして……。
 結局、そのときは、「また後で」と言って叔母は慌ただしく台所の方に戻って行ってしまったのだが。
 あれ以来、叔母と二人きりで話すチャンスがなかった。
 一体、何の話だったんだろう?
 ひどく気になる。
 日美香の父親の話をなぜ俺にしようとしたのだろう。
 叔父の今の話では、日美香の父親は俺の知らない男らしいのに……。
 ここに滞在している二週間あまりの間に、うちの人にそれとなく聞いて、日美香に関する情報は多少は得ていた。
 その複雑な生い立ちについても。
 叔父の養女になる前は、和歌山の片田舎で母一人子一人という環境で育ったこと、その唯一の肉親ともいうべき母親が今年の五月に事故死して、それがきっかけで、今まで母と信じていた人が、お産で亡くなった実母の代わりに育ててくれた養母に過ぎなかったことを知ったこと。
 そして、実母という人がこの村の生まれで、武の父にとっては従妹にあたり、「日女《ひるめ》」と呼ばれる巫女《みこ》であったこと……。
 ただ、その実母という人も、この村で育ったわけではなく、長いこと東京で暮らしており、何か事情があって、二十代半ばの頃に、この村に帰ってきたらしいということ……。
 武が知り得たのは、まだその程度だったが、それでも、両親の揃った裕福な家庭で何不自由なく育った彼にしてみれば、日美香の生い立ちは、まるで小説のヒロインか何かみたいに数奇なものに思えた。
 最初、叔父から、「むこうへ行ったら、女子大生の家庭教師をつける」と聞かされたときは、女子大生のおネーさんかよ、と小馬鹿にしていたのだが、本人に会って、すぐにそんななめ切ったような気分が吹っ飛んだ。
 相手が想像以上の凜《りん》とした美人だったということもあるが、自分とは二歳しか違わないというのに、二十歳という年齢のわりには、大人びて近寄りがたい雰囲気があり、それに少なからず圧倒されてしまったのだ。
 普通の家庭に育った二十歳の娘に比べて、彼女が大人びて見えるのも、そんな複雑な生い立ちのせいかもしれなかった。
 それとも、生まれつき片胸の上にあったという、自分と同じ蛇紋のせいだろうか。叔父の言っていた「日子としての自覚と自信」というものを、彼女はもう既にもっているのだろうか。
 ただ、気になるのは……。
 日美香の実母のことは、ある程度わかったのだが、父親のことが全く分からない。情報として全然入ってこない。誰もそのことを話そうとしないし、その話になると、皆、それ以上の会話を避けるようなそぶりさえ見せた。中には、「日女様のお子様は皆大神の御子」などと訳知り顔に言って、話を打ち切ってしまう年寄りもいる。
 叔父にしても、その話に触れようとしただけで、一瞬身構えるような顔になり、まるで逃げるように座を立ってしまった。
 何か大っぴらに話せないような理由でもあるのかな……。
 そんなことをとりとめもなく考えていると、廊下の方からまた足音がした。叔父のものではない。もっと軽やかだ。女か子供? と思った瞬間、襖がからりと開いて、入ってきたのは、今まさに思いをめぐらしていた神日美香その人だった。
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