「……あの年、昭和五十二年の大祭の年、『三人衆』に選ばれたのは、今は米穀店を営んでいる海部《かいふ》さんと、理髪店の船木さん。それと、わたしの兄の太田久信の三人だったんです……」
美奈代は、声を潜めたまま話し続けていた。海部、船木、太田……。
この中で、俺が知っているのは、現村長の太田だけだ。
武は、叔母の話を聞きながら、そう思った。あとの二人については、はじめて聞く名前だし、会ったこともない。
この三人が当時あの役を勤めたということは、三人の中に日美香の実父がいるということなのか。
でも、それが俺とどういう関係があるんだ。
「その三人の中に日美香さんの父親がいるってこと……?」
じっと叔母の顔を見上げたまま、確かめるように聞くと、叔母は、ゆっくりとかぶりを振った。
「違うの? でも……」
「当時の祭りの記録には、確かに、昭和五十二年の『三人衆』は、この三人の名前が記されています。村の人の殆《ほとん》どが、今でも、この三人だったと思い込んでいます。でも、本当は、この三人じゃなかったんです。あの年、『三人衆』をやったのは……」
「……」
「この中の一人が、祭りの直前になって、ある人物に頼まれて、役をこっそり入れ替わっていたんです」
「……」
「この役は、大日女様に大神の御霊《みたま》をおろされたあと、蛇面と呼ばれる一つ目の仮面を被り、神の証しである蓑《みの》と笠《かさ》を頭からすっぽり被ってしまうために、外見からは誰だか分からなくなるんです。だから、体格さえそんなに違わなければ、見破られることはありません……」
「……それで、その人物と入れ替わったというのは、三人のうちの誰?」
武はおそるおそる聞いた。なんとなく、頭の中で黒いもやもやとした疑惑が形づくられはじめていた。いったんは、思いついたものの、それはありえないとすぐに否定したどす黒い疑惑がふたたび……。
「わたしの兄の太田久信です。その人が兄を選んだのは、三人の中で、一番体格が自分に似ていたからだと思います。他の二人は幾分小柄でしたが、兄だけが、百八十センチ近い長身で体格も良く、外見だけはその人に似ていたからです……」
「……その男は、なんで太田村長と直前にすり替わるようなことをしたの? 村の人じゃなかったの?」
「いいえ。その人も村の生まれでしたし、年齢的な条件も日女の子ではないという条件も満たしていたのですけれど、一点だけ、『三人衆』の条件を満たすことができなかったんです。だから、その人が『三人衆』に選ばれるはずはなかった。でも、その人はその役がどうしてもやりたかった。それで、兄とこっそり入れ替わったんです」
「その……『三人衆』になれなかった理由って……?」
武はひりついた喉《のど》から声を絞り出すようにして訊《たず》ねた。
頭の中に新たに形づくられた黒い疑惑は、もはや否定しようのない確実な輪郭をもっていた。
「あの役の第一条件は、独身男子でなければならないということです。でも、その人には、その条件を満たすことができなかった。なぜなら、そのとき、その人は、既に結婚していて、子供ももうけていたからです」
ああ……。
武は思わず天を仰いだ。
叔母の声によって、今まさに、開けてはならないパンドラの匣《はこ》の蓋《ふた》がこじ開けられようとしていた。
ありとあらゆる災いを撒《ま》き散らすという禍々《まがまが》しい匣の底に、伝説通り、「希望」は隠されているのか……。