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蛇神5-6-12

时间: 2019-03-27    进入日语论坛
核心提示:     12「帰ります」 郁馬は肩を落とし、うなだれたままそう言うと、戸口の方に行きかけた。「ちょっと待って」 そんな郁
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      12
 
「帰ります……」
 郁馬は肩を落とし、うなだれたままそう言うと、戸口の方に行きかけた。
「ちょっと待って」
 そんな郁馬を日美香が呼び止めた。
「取引とかいう話はどうなったの?」
 少々意地悪くそう聞くと、
「ああ……。そのことなら忘れてください。あなたの話を聞いていたら、そんな気は奇麗サッパリ消えうせましたよ。それに、たとえ妹さんのことを知ったとしても、それで、あなたに対する兄の態度が変わるとは思えなくなってきた。だったら、取引なんて意味ないでしょ」
 郁馬は自嘲《じちよう》ぎみに口を歪《ゆが》めて半泣き半笑いの顔で言った。
「でも、安心してください。取引なんかしなくても、お約束は必ず守ります。あなたがそう望むなら妹さんのことは隠し通します。誰かの口から兄の耳に入りそうになったら、僕ができる限りガードします。だから……」
 そう言って、ちらと悪戯《いたずら》っ子のような表情をすると、
「できれば、今夜のことも兄には内緒にしてもらえませんか。いくら武に頼まれたからといって、こんな形で神事をぶちこわしたと知れたら、後で何をされるか。口で叱られるだけでは済まないような気がするんです。兄は切れたら怖い人だから……」
 日美香の顔色を伺うようにして、おそるおそるそう言い出した郁馬の様子には、これまで見せていたふてぶてしさはすっかり影を潜め、悪戯が見つかって頭を掻《か》いているような、いつもの快活な青年のそれに戻っていた。
 どちらが、郁馬の本性なのか分からないが、たぶん、どちらも彼の本性なのだろうと日美香は思った。
 快活な普通の青年の顔の奥に、あのような狡猾《こうかつ》なふてぶてしさも隠し持っているのだろう。でも、だからといって、快活で人懐っこいいつもの姿がすべて演技か偽善かというと、そんなことはあるまい。
 多くの人間がそうであるように、彼もまた、自分の中に光と影を合わせもっている。そして、今夜はその「影」の方が彼を支配してしまった。それだけのことに過ぎないような気がした。
 そう思い当たると、これまでの怒りが嘘のようにすーと鎮まるのが自分でも分かった。
「……いいわ。わたしも今夜のことはお養父《とう》さんには何も言いません」
 そういうと、郁馬は明らかにほっとしたような表情になり、「すみません」と謝った。
「ただ、この神事が失敗に終わったことだけは報告しなければならないわ。どうせ明日になれば聞かれるでしょうし」
 日美香は思案するように言った。
「ああ、そうか。そうですよね……」
 いったん安堵《あんど》しかけた郁馬の表情が曇った。
「問題はどう報告するかなのよね。今、武はどこにいるの?」
「うちの物置に隠れていると思います。蛇面も蓑笠《みのかさ》もそこで落ち合って受け取ったんです。僕が行くまでそこに隠れているはずです」
「あの子の具合が悪くなって、この役を交替したわけではないのね?」
 日美香は確認するように聞いた。
「違います。あれは嘘です。体調の方は大丈夫のようです。ただ……」
 郁馬はそう言って、昨夜、明け方近くになって、武が部屋を訪れてきたことを包み隠さずに話した。
 日美香はそれを黙って聞いていた。
 誰かが武に教えてしまったのだ。この神事の具体的なことも、自分が異母姉《あね》であることも……。
 それで、混乱した武は、深夜だというのに、郁馬の元を訪れ、相談した……。
 ようやく事の次第が日美香にも飲み込めてきた。
「誰なの。武によけいなことを吹き込んだ人物というのは?」
 郁馬の話を聞き終わると、日美香はそうたずねた。
 それまで、こんな交替劇を仕組んだ郁馬や武に感じていた怒りが、今度は、そのきっかけを作ったという人物に対してふつふつと沸いてきた。
「分かりません。武様はどうやら、その人物に堅く口止めされたようで。でも、ここ数日、風邪で寝込んでいたという状況を考えれば、外部の者とは思えません。うちの者だとは思いますが……」
 郁馬も首をかしげてそう言った。
 日美香が武の異母姉であることを知っており、しかも、そのことを武に告げ口できるほど身近にいた者といえば……。
 日美香の脳裏にふっと一人の女の顔が浮かんだ。
 彼女だ。
 彼女に違いない。
 武の看病をするといって、ずっとつきっきりだった。彼女なら、いつでも好きなときに、武に話をできたはずだ。
「それじゃ……こうしましょう」
 ふと名案を思いついて、日美香は言った。
「あなたと武がしたことは、お養父さんには伏せておきます。その代わり、こう報告します。武はここまで戻ってきたけれど、ひどく気分が悪そうだったので、儀式は中止して、わたしが看病していたと」
「……」
「武が病み上がりなのはお養父さんもご存じだから、こういうことにしておけば、誰も叱られないし傷つかないわ。物置に隠れているという武にも伝えておいて。お養父さんに聞かれたら、そう口裏を合わせるようにと」
「……分かりました」
 郁馬は素直に頷《うなず》くと、
「武様にはそう伝えます」
 と言い残し、小屋を出て行こうとした。
「郁馬さん」
 戸口に手をかけたとき、また日美香が呼び止めた。
「郁馬さん、あなた……」
 振り返った郁馬に、日美香は聞いた。
「どうして、こんなことを引き受けたの」
「え……?」
「武に頼まれたからって、こんな危ないことして。最後までばれないとでも思っていたの? 儀式が済めば蛇面を取るのだから、そのときに——」
「最後までばれないで済むとは思っていませんでした。もっとも、こんなに早くばれるとは思っていませんでしたが」
 郁馬は肩をすくめるような仕草をした。
「背丈の違いはなんとかごまかせると思ったけど、武様の手のひらの傷のことはうっかりしてました。自分の間抜けさ加減に自分で呆《あき》れてます……」
「ばれたら、どうするつもりだったの? あなたと武がしたこと、もし、わたしがお養父さんに報告すると言ったらどうするつもりだったの?」
「そのときは例の……」
「取引を持ち出すつもりだった? 火呂のことを黙っていて欲しければ、今夜のことも黙っていろと」
「……」
「そんなことをして、わたしがその取引に必ず応じると思っていたの? もし、わたしが応じなかったらどうするつもりだったの? こんなことが後でお養父さんに知れたら、ただでは済まないことくらい、あなただって十分分かっていたでしょうに。そんな危険をおかしてまで、日女《ひるめ》の子には許されていない、年に一度の『レクリエーション』とやらをやってみたかったの?」
「違います」
 郁馬はむっとしたように言った。
「単なる『娯楽』だったら、こんなリスクの伴うことしなくても、もっと楽な方法はいくらでもあります。ちょっと用を作って上京して、新宿あたりの歓楽街にでも繰り出して遊んでくればいいことです。ただの『娯楽』のためにこんなことはしませんよ。自分が思ってたよりも利口じゃないことは今日思い知らされましたが、そこまで馬鹿じゃないつもりです」
「だったら、どうして……?」
「あなたが日女役だったから」
 郁馬は怒ったような顔のまま言い放った。
「……」
「もし、他の日女がこの役をやるんだったら、たとえ、武に土下座されて頼まれても、引き受けませんでした。でも、あなただったから。これが最初で最後の一度限りのチャンスかもしれないと思ったから。相手があなたなら、多少のリスクはおかしてもかまわないと思ったんだ」
「……」
「僕はずっとあなたのこと……。五月にはじめて、あなたがこの村に来たときから、兄に命じられて日の本寺にあなたを迎えに行ったあの夜からずっと……。今まで何度もあきらめようと思ってきたんだけど、どうしてもあきらめきれなかった。あなたがいずれ武を婿養子に迎えると聞いてからはよけい……。だから、武からあんなことを相談されて、たった一度だけならって思ったんだ。一度だけでいい。どんな卑劣な手を使ってでも、この想いを遂げることができれば。それでふっ切れると。でも、あなたも兄と同じ転生者だったと知って、今度こそ、きっぱりと思い切れそうです……」
 郁馬はそう告白すると、子羊のようにうなだれたまま、小屋の戸を開け出て行こうとした。
「待って」
 その姿を無言で見送っていた日美香は何を思ったのか、鋭く一声かけると、郁馬の元に走り寄った。
「待って、郁馬さん」
「……」
「今、言ったことは本当?」
 振り向いた青年の腕をつかんで聞いた。
「本当です」
 郁馬は相手の目を真っすぐ見返して答えた。
「そう……」
 日美香はその顔をじっと思案するように見ていたが、ふいに言った。
「いいわ。儀式はこのまま続けましょう」
「え、続けるって」
 郁馬は心底驚いたような顔で言った。
「だから、儀式は続けるのよ、最後まで。それがあなたの望みだったんでしょう?」
「で、でも——」
「取引は成立したってことよ……」
 日美香はそう囁《ささや》くと、郁馬の片腕をつかんでいた手に力をこめて、青年の身体を中に引き戻した。その瞳《ひとみ》には、今まで見たこともないような妖《あや》しい揺らめきが宿っていた。
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