美奈代が茶菓の盆を置いて出て行くと、日美香は手慣れた様子で、二人分のお茶をいれはじめた。
「郁馬から全て聞いたよ」
それをじっと見ていた聖二が言った。
日美香は急須をもった手を止めて、「え?」というように目の前の男の顔を見た。
「武に頼まれて大神役を途中ですり替わったことも、その後で何があったのかも」
「……」
平然を装っていたが、急須をもつ日美香の手が僅《わず》かに震えて、お茶を卓の上に少しこぼしてしまった。
「祭りのあと、妙にふさぎこんでいるから、どうも気になってね。先日、部屋に呼んで問いただしたら何もかも白状した。あなたと約束したからと言い張って、なかなか口を割らなかったんだが」
聖二はそう続けた。
やはり郁馬は約束を守りきることはできなかったのか。
日美香は唇を噛《か》み締めた。
それほど意志の固い男にも思えなかったから、こうなることは、ある程度予想というか覚悟していたことではあったが……。
それにしてもたった十日足らずで陥落とは。不甲斐《ふがい》ない。
「……それでは、妹のことも?」
知られてしまったら仕方がない。
腹を決めてそう聞くと、聖二は頷いて、
「ああ、照屋火呂のことも聞いた。双子の妹が生きていたとはね。しかも、それが喜屋武蛍子の姪《めい》だったとは。それを聞いたときはさすがに驚いたよ。ただ、これで、なぜ、あの喜屋武という女がこの村に興味をもって調べていたのか、ようやく合点がいったが」
「……それで、どうされるおつもりなんですか」
日美香は低い声で聞いた。
「どうするって?」
「妹のことです。照屋火呂のことです。あの子と早速コンタクトを取って、わたしのときのように養子にでもなさるつもりですか」
「さあ、どうしようかな」
聖二ははぐらかすように言った。
「郁馬の話では、あなたが妹のことを私に隠していたのは、妹の今の生活を守るためだったということらしいが……?」
「理由はそれだけではありませんが、それもあります。九月の初めに、照屋火呂と会ったとき、彼女は、倉橋日登美の娘としてではなく、照屋康恵の娘として生きたいとはっきりわたしに言いました。倉橋日登美の娘としての道を選んだわたしとは反対の道を選ぶつもりだと。だから、あの子のことはそっとしておいてやりたいと思ったんです」
「それ以来、照屋火呂には会ってないのか」
「会ってません。会うつもりもありません。お互い、今まで双子であることは知らずに生きてきたんです。それならばこの先もそうしよう、赤の他人として生きようと彼女に提案しました。彼女もそれを受け入れてくれました。だから、これからも、わたしの方からあの子に会う気はありません。あれから何の連絡もよこさないところをみると、あの子の方もそのつもりだと思います」
「そうか。それならば、私もこの話は聞かなかったことにしよう……」
聖二はそんなことを言い出した。
「聞かなかったことって……?」
日美香は驚いたように聞き返した。
「あなたには双子の妹がいた。でも、その子は生まれてすぐに死んだ。それでいいということだ」
「火呂のことを知ってもコンタクトは取らないということですか。このまま放っておくと……?」
「もし、むこうから何か言ってきたら、そのときは会わないでもないが、こちらからあえて連絡を取るつもりはない。まして、養子になどする気もない。大体、この家にはそれでなくても子供が多すぎる。これからも増えるだろうし。もう一人食いぶちを増やす余裕などないよ」
聖二は最後の方は半ば冗談のように付け足した。
「それに、あなたが母の転生者だと分かる前だったら、私の考えも違っていたかもしれないが、あなたと照屋火呂がなぜ一卵性双生児という形態で生まれてきたのか、その成り行きを思えば、照屋火呂という娘は、この村とは無縁に生きたいと願った母のもう一つの魂が肉体化したものだともいえる。となれば、たとえ彼女に会って、養子|云々《うんぬん》の話を申し出たところで、あなたのときのようにすんなりとは承知しないだろう。このままそっとしておくのが、母の今際《いまわ》の心に適《かな》うことでもあるだろうし……」
「わたしもそう思います」
「ただ」
と聖二は、やや間を置いてからこう続けた。
「郁馬の話だと、照屋火呂の胸にも生まれつきお印があるらしい。彼女も何らかの使命をもって生まれたということだ。とすれば、たとえこの村と無縁に生きようとしても、本人が願うような平凡な人生は望めないかもしれないな……」
「そういえば」
日美香が思い出したように言った。
「火呂が育った沖縄の村には、あの子が小さい頃から歌が凄《すご》くうまくて、八歳の頃に、海で死にかけた弟を歌声で生き返らせたという噂があったそうです。郁馬さんから預かった報告書にはそう書いてありました。この力はもしかしたら……」
「その話なら郁馬から聞いた。おそらく、それは死人反生《しびとはんじよう》の能力だろう。照屋火呂には、生まれつき反生の能力が強く備わっているのかもしれない。彼女の胸のお印が示す使命とは、その能力と何か関係があるのかもしれないな。この先、その能力を生かすことができる職業なり立場になるということか。人の命を救い永らえさせる職種といえば、たとえば医者とか、あるいは何かそれに準じたもの……。それが何であれ、小学校の教師などではあるまい。
要するに、ここで我々が介入しなくとも、いずれ、彼女は、その力を必要とする道を辿《たど》らざるを得なくなるということだ。本人が望もうと望むまいと。そして、それがどんな道であろうと、誰もが通るような平凡な道でないことは確かだろう……」