冷たい煎茶《せんちや》を運んできてくれた女性が出て行ってから、居間に一人残された新庄美里は、開け放された窓辺に立って、扇子を使いながら、外の景色を眺めていた。
庭を挟んで、屋敷の南東の一翼が見える。全体に黒ずんだ古い家屋の中で、その一翼だけが最近新築されたように真新しかった。
そこだけ建物の木の色や屋根|瓦《がわら》の色が全く違う。
あそこが聖二さんの部屋だったのか……。
美里はある種の感慨を抱きながら、先代宮司の部屋だった建物を見つめた。
月日のたつのは早いものだ。
あれからもうすぐ八カ月が過ぎようとしている。
昨年の十一月二十七日の未明。
あの部屋から突然火の手があがって、寝ていた宮司夫妻が逃げ遅れて焼死したのだ。
未明の火災の原因は、灯油用のポリタンクが空のまま部屋に残されていたことから、書斎に置かれたストーブの火の不始末ではないかと思われた。その日は、火災が起こる直前に地震があったそうで、その地震が火災発生の引き金になったとも考えられた。
不幸中の幸いというか、未明の火事だったにもかかわらず、消火活動が迅速だったせいか、焼失したのは、南東の一翼を占める聖二の部屋と隣の客室の一部だけだった。
犠牲者も宮司夫妻だけで、ほかの家人は怪我一つ火傷一つ負わなかったという。
とまあ、表向きはこういうことになっているのだが、美里が夫の貴明から内々に聞かされた情報によれば、これは不慮の火災事故ではなく、どうやら義弟夫妻の無理心中ではないかということだった。
一人の遺体かと思われるほど固く抱き合って黒焦げになっていた夫妻の最期の様子から見ても、また、寝室の方に鞘《さや》を払った血塗られた日本刀が転がっていたということから考えても、どちらかが一方を殺して自害したのではないか。夫は苦い表情でそう打ち明けてくれた。
「……弟の性格や立場から考えて、奴が妻を殺して自害したとは考えにくい。おそらく美奈代の方から仕掛けたのではないか」
夫はそうも言っていた。
しかし、むろん、そんな事が表沙汰《おもてざた》になることはなく、身内のスキャンダルを恐れた夫自らが素早く手を回して、宮司夫妻の突然の死は、不慮の火災事故として片付けられてしまったようだが……。
その後、葬儀のときに耳にした話では、宮司職は、聖二のすぐ下の弟の雅彦が暫定的に引き継ぐことになったらしい。
聖二の遺志では、自分の後継者は下の弟の郁馬にということだったようだが、郁馬はまだ二十三歳と若く、その上、宮司は妻帯者でなければならないらしく、郁馬がいずれ妻帯して、もう少し年輪を重ねるまでの間は、この三男が宮司職を務めることになったという。南東の一翼の新築の部屋に既に人が住んでいるような気配があるところを見ると、もうあそこには新しい宮司夫妻が住んでいるのかもしれない。
そんなことを思いながら、窓の外を見ていると、廊下の方から足音がした。
振り返ると、日美香が入ってきた。