「……それで、武君のことなんですが」
日美香は話を元に戻すように言った。
「ニューヨークで一緒に暮らしているという友人というのは……?」
「その方なら照屋火呂さんといって、宝生なんとかという有名な音楽プロデューサーの元で歌の勉強をしている若い女性なんです」
美里はそう言いかけ、
「そうそう。その人がびっくりするほどあなたに似ているんですよ」
「わたしに?」
日美香は驚いた振りをした。
武がひょんなことから火呂と知り合い、今、ニューヨークで同棲《どうせい》しているらしいという話は既に郁馬から聞かされていた。
「わたしも一度お会いしたことがあるんですが、そのときは本当にびっくりしました。あなたにそっくりなんです。双子かと思うほどに。沖縄の方だそうで、武とは弟さんの交通事故がきっかけで偶然知り合ったという話なんですが……」
美里はそう言って、武と火呂が知り合った顛末《てんまつ》を詳しく話してくれた。
「同棲しているということは、もう二人は……?」
恋人同士なのかと言う意味で聞くと、美里はかぶりを振り、
「それが武の話ではそうではないというんです。むこうで一緒に住んでいる相手が若い女性だと聞いて、わたしも主人もてっきりそう思い込んでいたんですが。でも、武が言うには、同棲ではなくてルームシェアだというのです。照屋さんとは友人の域を出ていない。音楽活動の仲間であり、プライベートでは、彼女の弟の代わりをしているだけだと」
「弟の代わり?」
「照屋さんの弟さんは事故以来、いまだに昏睡《こんすい》状態が続いているそうで、その弟さんの意識が戻るまで、弟役をすることに決めたのだというんです。照屋さんと一緒に住んでいるのは、あちらは治安が悪くて何かと物騒なので、若い女性の独り住まいは危険、それで自分がボディガード役を兼ねてそばにいるのだと。とまあ、こんなことを電話で一方的にまくしたてて」
美里はそう言って、はぁとため息をついた。
「もっとも、こんな話、主人は頭から信じていないようですけど。武が若い女のボディガードをするなんて、狼に羊の番をさせるようなものだ。ボディガードが一番危険じゃないか。今、二人でCD製作に勤《いそ》しんでいるようだが、CDを作る前に、また子供でも作るんじゃないかと心配しています」
「CD製作? もうそんなことまで……?」
「ええ。タイトルも決まっていて、『覚醒《めざめ》』というんだそうです。照屋さんが弟さんを長い昏睡状態から一日も早く覚醒《かくせい》させたいという祈りをこめて作った歌とかで、それにプロデューサーである宝生さんが編曲をして、武のギター伴奏を入れるという企画だそうで……」
「それは凄《すご》いですね」
日美香は目を輝かせて言った。
「宝生輝比古といえば、『音の錬金術師』なんて異名を取るほどの敏腕プロデューサーでヒットメーカーだそうですから、ひょっとしたら、そのCDは大ヒットするかもしれませんよ。そして、それがきっかけで武君はスターになるかもしれません」
「まさか……。そんな夢みたいなこと。どうせそんなCDが世に出たところで、親戚《しんせき》や友人に配っておしまいってとこじゃないかしら。青春の記念にはなったという程度の」
と美里は、一笑に付すように笑っていたが、ふっと笑いをおさめた顔になり、「でも、そういえば」と言った。
「信貴が同じようなことを言っていたんです」
「信貴さんが?」
「武はもしかしたら、これがきっかけで、世界的に有名なギタリストというかアーチストになるかもしれないって」
「……」
「冗談ではなく真面目な顔で。あの子は武とは違って、地に足がついているというか、浮ついたことは一切やらないし口にしない子なんですが、その信貴が、珍しく、そんな夢みたいなことを。前に不思議なイメージのようなものを見たことがあるっていうんです」
「イメージ?」
「武がこちらに滞在してまもない頃に、一度信貴がお邪魔したことがありましたよね?」
「ええ」
「あのときだそうです。玄関で声をかけても誰も出てこないので、庭の方に回ったら、そこで相撲大会のようなことをやっていたというんです。そのとき、武が神家の人々に囲まれて、土俵にいるのを物陰から見ていたときに、妙なイメージがふっと頭に浮かんだというのです。
それは、いつか、武が、こんな風に物凄《ものすご》い数の群衆に囲まれて一段高い所にいるイメージだったそうです。まるで世界中から集まってきたような大群衆が、高い所にいる武を太陽でも仰ぐように見ている。しかも、そのとき、武は独りでなくて、隣には若い女性がいた。それがあなたによく似た人だったと」
「……」
「今から思えば、あのイメージというのは、武がどこか広い野外に作られたコンサート用のステージか何かに立っていて、聴衆に囲まれていたのではないか。信貴はそういうんです。そして、武のそばにいた女性というのは、あなたではなくて、あなたによく似た、この照屋火呂さんだったのではないか。
あれは、もしかしたら、いつか、武と照屋火呂さんが、あれだけの大聴衆を集めてコンサートをするようになる、それほど有名なアーチストになるという未来の姿なのではないか。あの生真面目な子がそんな夢みたいなことを真顔で言うんですよ……」