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蛇神5-10-9

时间: 2019-03-27    进入日语论坛
核心提示:     9 涼しい微風が吹いてきた。 あたりはもはや夕暮れの気配が色濃く漂っている。 日美香は、沢地逸子の本を開いたま
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 涼しい微風が吹いてきた。
 あたりはもはや夕暮れの気配が色濃く漂っている。
 日美香は、沢地逸子の本を開いたまま傍らに置き、ぼんやりと回想に浸っていた。
 とても気分が良かった。
 かつてこれほどの幸福感に包まれたことがあっただろうか。
 そう思うほどに。
 ゆったりと穏やかに充《み》たされて……。
 自分の中の「甕」が聖なる神酒でこぼれるほどに並々と充たされている。
 そんなほろ酔い気分にも似た陶酔感だった。長椅子に足のつま先まで伸ばして寝そべり、その陶酔感を心ゆくまで味わっていた。
 あまりの気持ちの良さに、またうとうとしかけていると、
「美里さんは? どこかにおでかけ?」
 と背後から声がした。
 閉じかけていた目を開けて見ると、声の主は耀子だった。
「さきほど、お養父さんのお墓にお参りに行くとおっしゃって、お寺の方に。そろそろ戻られると思いますけど」
 寝そべったまま言うと、
「急のお話って何でしたの? お腹の赤ちゃんのことだったんでしょう?」
 耀子は気遣うような表情で聞いた。
「その話なら済みました。たいしたことじゃなかったんです」
 日美香は大儀そうにそう答え、
「そんなことより、さっき、うたた寝をしていて夢を見たんです」
 と楽しげに言った。
「夢? どんな?」
 耀子も楽しげな顔つきで聞き返した。
「この子が産まれる瞬間の夢です。それはびっくりするような大きな声をあげて泣きながら産まれてくるときの……」
「まあ」
 耀子の目が嬉《うれ》しそうに輝いた。
「夢の中でわたしはハッキリこの子の姿を見ました。それは奇麗な子でした。産まれたばかりの赤ん坊とは思えないほど肌の白い奇麗な子なんです。顔立ちもすっかり整っていて。猿になんか全然似ていなくて。光に充ちて神々しいくらいの……」
 日美香はうっとりとした表情で言った。
「聖二も産まれたときはそうだったという話を聞いたことがありますよ。あんまり奇麗なので最初は女児かと思ったって」
 耀子もにこにこしながら言った。
 耀子にはすべてを打ち明けてあった。今では、この人が自分の母代わり、唯一、心を開いて話せる人だと思っていた。それに、この世で、自分の次に聖二の再生を心待ちにしている人でもある。
「……でも、とても奇麗なのは上半身だけだったんです」
 日美香は、幸福そうな笑みを浮かべたままそう続けた。
「下半身は……蛇そのものでした。二本の足は膝《ひざ》から下が先細りになっていて……。しかも、お臍《へそ》から下には、足の先まで青紫の蛇の鱗模様が。まるでタイツでも履いているようにビッシリと」
「それじゃ……お印は背中ではなくて?」
 耀子は目を丸くして聞いた。
「ええ。下半身全体に……。まるで、神の上半身と悪魔の下半身を併せもつような、そんな姿だったんです」
「……それはきっと正夢ね」
 耀子は何を聞いてもいっこうに動じない顔つきで言った。
「わたしもそう思います。そうそう、この子が生まれたとき、最初に抱き上げたのは、耀子さん、あなただったんですよ。そうしたら、生まれたばかりの赤ちゃんが、一瞬、烈しく泣くのをやめて、あなたを見つめ、にこって笑ったんです。まるであなたのことが分かったように」
 そう言うと、
「それは本当?」
 耀子は手を打ち鳴らして、心底嬉しそうな声をあげた。少女に戻ったような無邪気なはしゃぎようだった。
「いつか会えるとは思っていたけれど、こんなに早く会えるなんて。しかも、この手に抱けるなんて……」
 長椅子に寝そべった日美香の膨らんだ腹にそっと片手をあて、耀子は、中で息づく胎児に話しかけるように言った。そして、笑いながら、こう付け加えた。
「わたしも頑張って、少なくとも後十八年は長生きしないとね。今度こそ負けませんよ」
「十八年? 今度こそ負けないって……?」
 日美香は不思議そうに聞いた。
「飲み比べです」
 耀子は笑顔のまま答えた。
「飲み比べ?」
「去年の祭りの夜、聖二さんとお酒の飲み比べをしたんですよ。でも、わたしの方が途中で眠くなってしまって、勝負がつかなかったのです。だから、もう一度。今度こそどちらかが酔い潰《つぶ》れるまで。ここでは十八歳が成人とみなされてお酒が飲めるようになるでしょう? だから、後十八年。老後の楽しみになりそうだわ……」
 耀子はそう言って、ほほほと愉快そうに笑いながら、立ち去って行った。
 十八年後……。
 日美香は寝そべったまま思った。
 今が西暦1999年。
 ということは、西暦2017年か……。
 この子がその年齢に達したとき、世界はどのようになっているのだろうか。
 果たして世界はこのままの状態を保っているのだろうか……。
 目だけ巡らせて、庭の方を見た。
 いつものように、静かで穏やかな夕暮れが訪れようとしていた。あれほど姦《やかま》しかった蝉の声も今では聞こえなくなっていた。
 不気味なほどの静寂があたりを支配している。
 つけっ放しのラジオから軽音楽だけが微《かす》かに流れ続けていた。
 この子が生まれるのは嬉しい。
 無事に生まれてくるだろうということは、あの正夢で確信した。
 でも……。
 幸福感に充ちた日美香の顔に僅《わず》かな影ができた。
 少し怖いのは、この子が誕生した後のことだ……。
 あの家伝書の冒頭の予言。
「……二匹の双頭の蛇が現れ、これが交わるとき、大いなる螺旋《らせん》の力が起こり、混沌《こんとん》の気が動く……」
 あのくだり。
 混沌の気が動く、という記述に、何かひどく禍々《まがまが》しいものを感じる。混沌とは、平和とか平穏とか秩序とかいう言葉とは対極にある言葉だろう。
 何か世界的に大きな混乱、災害が起こるということだろうか……。
 そういえば……。
 先日、ようやく完読した家伝書の記述の中に、
「……この祭りの事、村人にもかたく秘すべし」という奇妙な一文を見つけた。
 これは、聖二の曾祖父《そうそふ》に当たる宮司が書き残した一文だった。聖二の前世の姿であり、今は焼失してしまってないが、以前、聖二の書斎に飾られていた油絵のモデルでもある。
 この宮司が、そんな謎の一文を書き残していたのだ。
 なぜ、この祭りのことを、外部の者だけでなく、身内ともいえる村人にまで「秘すべし」なのか、何を、「秘すべし」なのかは分からない。
 ただ、「かたく秘すべし」と。
 でも、何かこの言葉に不吉なものを感じる。しかも……。
 焼け残った書斎の机の引き出しから、聖二の日記と思われるものが発見された。
 残念ながら、殆《ほとん》ど焼け焦げて、判読できるのはごく一部だけだった。
 その中にこんな記述があった。
「……逆なのだ。火山の噴火、大地震、こうしたあらゆる災害は、実は祭りをやめたときではなく、真の祭りが成就したときにこそ起こるのではないか。
 つまり、大神祭とは、こうした天変地異を防ぐ祭りではなく、こうした天変地異を呼び起こすための暗黒祭だということだ……」
 暗黒祭。
 あの祭りは、天変地異を防ぐのではなく、天変地異を呼び起こす暗黒祭だというのか……?
 ということは、真の祭りの成就の証しとして生を受けたこの子の誕生が、この先、世界的な大災害を呼び起こす引き金になるのだろうか。
 それを思うと少し不安になる。
 それは聖二と共に家伝書を読んでいたときから、時折、頭をかすめていたことではあるけれど……。
 あのときはまだ、未来の出来事としてどこか遠いことのように感じていた。
 しかし、それはもはや遠い未来ではない。間近に迫っている。
 この胎内に既に息づいている……。
 わたしはこの世を滅ぼす悪魔を生み出そうとしているのだろうか。
 ふっとそんな考えも頭をよぎった。
 しかし……。
 聖二の日記には、こんな不安を煽|篝《あお》る記述に続けて、焼け焦げがひどくて、まともな文章としては判読できないのだが、「剪定《せんてい》」とか「カンフル剤」という、辛うじて読める単語の後に、
「……このカンフル剤によって……新世界をうちたてる……新しい生命と種の誕生を促す……」
 このような文章が続いていた。
 この文章からすると、祭りの成就によって天変地異が世界を襲うことになるかもしれないが、それは地球の滅亡を意味するものではなく、それが「剪定」ないしは「カンフル剤」の役目を果たして、その後に、新世界が訪れる。
 つまり、一時的な破壊を経て、より新しい地球に生まれ変わる。
 そのような意味にもとれる文章だった。
 暗黒の訪れの後に必ず光明が訪れると……。
 ああ……。
 だから、この子は、半分は神、半分は悪魔のような姿で生まれてくるのか。
 破壊と創造、暗黒と光明を同時にこの世にもたらす者として。
 神でもなく悪魔でもなく、神であり悪魔でもある者として……。
 まあ、どちらにしても……。
 日美香はあくびをしながら思った。
 わたしがこの子を生むことに変わりはない。たとえ、この子を生んだ直後に世界が崩壊しようとも、わたしがこの子を生むことに変わりはない。
 何が起きようと、何が起きまいと、わたしはこの子を産む。
 そして、この手に抱く。
 ただそれだけ……。
 そう思うと、再び、あの幸福感が全身を浸した。
 ああ、幸せだ。
 今、わたしはとても幸せだ。
 指の先まで満ち足りている。
 そう感じながら、目を閉じた。
 つけっ放しのラジオからは、いつしか軽音楽アワーが終わり、ニュースの時間になったらしく、アナウンサーらしき男の単調な声がボソボソと聞こえてきた。
「……地球温暖化に伴って世界の各地で影響が……の氷が解け始め……」
 その単調な声に耳を傾けることもなく、日美香はもう一つあくびをすると、またうとうとと微睡《まどろ》みかけた。
 廊下の片隅には、近くの樹木から飛んできたらしい蝉が一匹、仰向けに転がっていた。
 その蝉は、たったひと夏の命を振り絞るようにジーッと一声高く鳴いたかと思うと、それきり動かなくなった。
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