昭和五八年の暮れ、中華民国台北市へ食旅行をし、彼の地で“|満《まん》|漢《かん》|半《はん》|席《せき》”ぐらいの中国料理を食べた。一夜のことだが、品数は三六、七品出た。同行した連中はそのうちの半分ぐらいしか手をつけなかったが、私は、折角の機会だから点心を除いては全部を少量ずつ賞味した。
酒家は環亜大飯店の頤和園だが、その味付の巧緻に感心した。支配人の説明によると、台湾中の料理人のなかからエリート中のエリートを引き抜いたと言っていたが、中国式“白髪三千丈”から大分割引しても旨かった。
特に感心したのは、そのほとんどが獣肉を使っているのに、肉食のくどさを感じさせなかったことだ。そのうえ甘|鹹《かん》(しおからい)辛酸苦のバランスがよくて、日本で食べた本格的中華料理よりさっぱりしていて、あと口がさわやかだった。
当日の料理から、日本人の口に合いそうなもの、合わないものを一、二並べよう。
〈|乳《ルウ》|豬《ツウ》|敬《チン》|佳《チヤ》|賓《ピン》〉
これは縁起もの料理で、子豚のロースト焼きである。結婚式をあげて新婦がはじめて里帰りをするとき、婿の家で作って嫁と一緒に持たせることになっているそうで、客に敬意を表した料理である。
乳離れをしていない八〜一二、三キロくらいの子豚を使い、食べるのは皮の部位である。こんがりと黄金飴色に焼けた子豚は、丸ごと(内臓は抜いてある)大皿に乗せられてくる。皮はカルタのカードほどに切って唐辛子味噌をつけて食べるが、軽くて柔らかく滋味である。
〈|窩罐《ウオクワン》 |[#特殊文字 t-code src="g-hihennwai.png"] 《ウエイ》|鹿《ルウ》|筋《チン》〉
鹿の|蹄《ひづめ》のところの腱(アキレス腱)の煮込料理。一頭には四本の短い腱しかないので、一品作るのに数十頭の鹿の脚がいるわけだから、まさにぜいたく料理である。
特製の釜に腱を入れて弱火でじっくりと煮て、柔らかくなったところで調理する。美味珍味、これはちょっと日本では食べられない。
〈|一《イツ》|掌《アン》|定《テイ》|山《サン》|河《ホウ》〉
とうとうお目にかかった。小生にとって幻の料理であった。熊の掌の料理である。中国の古書によると、地面を掘って穴を作り石灰を入れて熊の掌を置き、石灰をかぶせて冷水をかけ、発熱させる。それを冷まして毛根から毛を取り去り、米のとぎ汁に何日か浸してアクを抜き、清水でよく濯ぐ。次に豚脂に包んで煮て、その脂を抜き、豚肉と一緒に蒸し煮にするという。
とにかく、手の込んだ掌の料理であろうことはよくわかった。味は、妙味とでもしておこうか……。
熊掌は右手より左手の値段(手というからには前足であろう)が高い。それは、熊の習性として冬眠に入るとき、花蜜を左手で取るからだと言われている。
ハテ、熊は左利きばかりなのかな……?