仕事がら日本全国を歩くが、旨いものに目がない私は、かならずその土地の市場をのぞく。
早起きが辛いときもあるが、それこそ早起き三文の得と思って出かける。市場に行くと、思いもかけない勉強をする。
北海道釧路には、駅前に和商市場という大きな近代的な市場がある。魚の水揚げが日本一の港を控えているだけに市場は活気に満ちている。
十月に市場に寄ったらさけの生腹子のいいものがあったので、私は何本か求めて東京に持ち帰り、酒とうすくち醤油で生筋子漬をつくって大いに賞味した。
ひと粒ずつを口のなかでプチプチと割ると、滋味溢れる液体がじわーっと喉まで滲みてくる。炊きたての御飯に大さじ一杯ほどの筋子漬をのせてひとかき混ぜて口に入れると、生玉子の混ぜ御飯の百倍ぐらいの旨さである。
これに味をしめて、十一月に、また釧路に行き、和商市場に行って生腹子を買おうとしたら、「やまげん」(魚屋)の親父に、もう皮が固くて旨くないからおやめなさいといわれた。十月に買って帰ってから二十日も経っていないのにである。
なるほど、そういわれて釧路の料理屋で突き出しに出されていた筋子漬を食べたら、口中にいくらの皮が確かに残った。おかしなもので、そうなると、東京に帰って珍味として高級料亭で出されても、以前のような旨さは感じなくなった。われながら現金なものである。