|細《さよ》|魚《り》は美しい魚である。立春後、四、五月の産卵期には群れをなして川筋にも入ってくる。子供の頃、夏の避暑に房州岩井に行ったとき、堤防に沿って群れをつくって細魚が泳いでいた。小学生の私は弟と一緒に海面に浮かんだ細魚の群れに|手《た》|網《も》をつっ込むのだが、|漁《と》れそうで、とうとう一匹も漁れなかった。空しい思いで、夕方の畔道を手網を肩に背負って帰ると、畔から田圃にどさりと真黒な細魚より十倍も大きな生きものの絡み合いが落ちた。よく見ると、烏蛇の絡み合いである。しっかりと絡み合った雌雄は|何《ど》|処《こ》に頭があるのかもわからない。子供のことで、まさか交尾しているとは知らないから、手網の竹竿の先で突っついてもビクともしない。弟が、「細いお魚は、あんなに沢山いたのによく小間結びにならないね」と言った。まさに、蛇の絡み合いは小間結びである。
その弟も四〇半ばにして|身《み》|罷《まか》った。
細魚の群れの美しさと烏蛇の絡み合いは妙な取り合わせだが、忘れることのできない幼時の思い出である。もう間もなく夏が来る。