きれいな花片は、しかし、実物ではなかった。
本物そっくりにできた、造花《イミテーシヨン》だった。
男は造花をちぎって、女の顔に振り撒いている。
男は、そうした無言の作業をつづけながらも、冷めた目で、女の白い顔を見詰めている。
男も女も、髪が長かった。男は耳の下辺りまでだが、女の方は、優に背中を覆うロングヘアだった。
女を、ダブルベッドの中で全裸にしてからどのくらいが過ぎたのか、男には、時間の経過が定かではなかった。
男は、閉ざされた快楽に全身を沈めていた。
ベッドの中の女は軽く目を閉じており、身動きひとつしない。
正に、男の意のままだった。女のすべてを自由にできることが、深く満ち足りたものを男に運んでくる。
静か過ぎる夜だった。
時折、戸外で乗用車の出入りする音がしたけれど、人声は全く聞こえてこない部屋だった。
閉ざされた部屋の中で、男の、単調な手の動きだけが生きている。単調ではあるが、男に、この上ない充足感を与える作業。
桜の造花は実物そっくりの枝で咲いており、男はイミテーションの枝を何本も用意していた。
男は一本の造花を全部散らせてしまうと、枝を女の頸部に置き、次の一本を取り出すのだった。
こうして、花を散らせた枯れ枝が十本を越えたとき、
「ゆっくり眠るがいい」
男はそっと、全裸の女に毛布をかけてやった。
それでも女は男のなすがままで、じっとしている。
男はダブルベッドを下りると、長い髪にちょっと手をやってから、たばこに火をつけ、背後を振り返った。