中山部長刑事と堀刑事が、地元文化団体の関係者に面会したのは、第一回目の捜査会議が終えて間もなくである。
幸いなことに、出席者の一人が、山下署に近い中華街で喫茶店を開いていた。
二人の刑事は、小さい喫茶店の、低いカウンターを挟んで、問いかけた。
「さあ?」
五十過ぎの喫茶店経営者は、死者の顔写真を見せられて、首をひねった。
「この人はメンバーではありませんな。今日ご出席の方々の中にも、こういう男性はいなかったと思います」
すると、被害者は、墓前祭に出席するつもりで山手の外人墓地へきたものの、犯人によって、外人墓地とは反対側の、人気のない枯れ草の傾斜地へ連れ込まれた、ということになろうか。
それが墓前祭が始まる前のことであるなら、主催関係者に対して、いくら粘っても、死んでいた男に迫ることはできない。
中山部長刑事の質問が、しばし途絶えると、
「篠塚《しのづか》先生にお聞きになれば、何か心当たりがあるかもしれませんよ」
と、喫茶店経営者は、助け舟を出してくれた。
「篠塚みやさんと言いましてね。お年の方ですが、横浜では知られた女流詩人です。地元ペンクラブの副会長、詩人会の委員、文学館の評議員、さらには刑務所の篤志面接委員まで、いろいろなさっています。交際の広い方ですから、篠塚先生にお尋ねになれば」
殺されていた男性が、地元文化団体のメンバーでなくとも、手がかりを得られるかもしれないというのである。
しかし、今日の墓前祭に、篠塚みやは参加していなかった。
みやは活動家ではあるが、七十歳近いはずだ、と、喫茶店の主人は言った。
刑事は喫茶店のピンク電話で、篠塚みやの港南区の自宅へかけた。
女流詩人は不在だった。本家筋の結婚式に招かれて山梨県へ出かけている、とこたえたのは、詩人の娘だった。
「お帰りはいつになるでしょうか」
「それが、はっきりしませんの」
娘は電話口で言い渋った。
みやは結婚式に列席したついでに、独り、信州へ足を伸ばし、温泉めぐりをしているというのだ。
鄙《ひな》びた宿が好きで、気に入ると、五日でも一週間でも、長逗留することがあった。娘の話によると、十年前に夫を亡くしてから、なおのこと、こうした温泉めぐりが多くなったらしい。
そんなときは「便りのないのが無事」というわけで、みやは電話一本かけてこないというのだ。女流詩人は、奔放な一面を備えているのかもしれない。
「詩を書くような人は、われわれ凡人とは感覚が違うのだろうね」
中山部長刑事は礼を言って喫茶店を出ると、堀刑事に話しかけるともなく、つぶやいていた。
だが、死者の身元は、意外とスピーディーに割れた。
テレビ各局が、夕方のニュースで事件を報道したためだった。
捜査本部に電話が入ったのは、中山部長刑事と堀刑事が喫茶店を出て、山下署へ帰りかけた頃である。