刃先の刻印から、メーカーはすぐに割れた。新潟県|燕《つばめ》市の製造業者だった。
販売会社から流通ルートをたどり、横浜の小売店から聞き始めたところ、早くも四軒目の刃物店で、確かな反応が出てきたのである。南区|通町《とおりちよう》の刃物店だった。
小さい店だったことと、�客�が同じ果物ナイフを二本購入していったことが、捜査陣には幸いした。
実は、客の希望するナイフが、陳列ケースには一本しか入っていなかった。店主は、希望のナイフを、裏の物置へ探しに行った。それで、はっきり記憶していたのだ。
「先々週の、定休日の翌日でした」
と、店主は迷わずに証言した。
商店街の定休日は水曜日だから、それは先々週の木曜日、三月二十四日ということになる。
「サングラスをかけていたので、年齢ははっきりしませんが、三十前でしょうか。ええ、髪の長い男性でした」
と、刃物店の主人が説明する�客�の風貌は、フランス山公園で、山梨県大月市からきた若い恋人同士が目撃した男、そのままだった。
朝護孫子寺境内での目撃者、土産物店の従業員は男の顔かたちまでは確かめていないが、恋人同士の方は、細い坂道で、その男とぶつかっているのである。
もちろん、昨日の事件発生の時点で、男の似顔絵は作成されている。
だが、恋人同士の目撃はあっという間のことなので、もうひとつ、正確ではなかった。
それを、刃物店の主人が補足、訂正して、より完璧に近い似顔絵が完成されたのは、中山部長刑事と堀刑事が、刃物店を割り出してから一時間と経たないうちである。
奈良・王寺署との合同捜査会議が開かれる前に、犯人の新しい似顔絵は、山下署の捜査本部へ届けられた。
スピーディーな作成には、神奈川県警が開発した、捜査携帯用の似顔絵合成器が威力を発揮した。
この合成器は、それまでのモンタージュ写真や、専門家による似顔絵かきとは異なり、目や鼻などの顔の部分や、付帯物である眼鏡、帽子など、千三十六枚のフィルムを用意したものだった。このフィルムの入った合成器で、似顔絵を作成する仕組みとなっているのである。
しかも、似顔絵合成器は手軽く持ち運べるので、証人を、捜査本部へわざわざ呼ぶといった面倒も要らない。
こうして、時を移さずに完成された新しい似顔絵を見て、
「問題はサングラスだな。サングラスの裏側にどのようなまなざしが隠されているのか、それがはっきりすれば文句ないのだがね」
と、腕を組んだのは、捜査本部長である山下署の署長だった。
無論、それは、捜査員全員に共通する感想だった。
他でもない淡路警部も、サングラスにこだわる一人だった。
「髪の長い男か」
警部は似顔絵のコピーを机に置き、じっと見詰めていたが、捜査本部から出ていく鑑識係に向かって、
「髪を長くすると、人間の顔ってのは、似てくるものかね」
と、話しかけていた。
神奈川・山下署と、奈良・王寺署の捜査本部による合同捜査会議が、山下署二階道場で開かれたのは、午後二時からだった。