下北沢から吉祥寺まで、井の頭線で正味十九分。昨夜、谷田と話し合った通りの、近距離である。
そして、『コーポ立野』がある牟礼は、吉祥寺駅から徒歩にして、わずか五分ほどだった。
住居は遠くないが、どこにも接点を持たない、二人の被害者だった。
大森の方は武蔵野市の葬儀社を会場として、午前十一時から、密葬が営まれることになっていた。遺族は、妻も、小学二年生の男の子も、すでに会場に向かっており、『コーポ立野』408号室にはだれもいなかった。
浦上がドアチャイムを鳴らすと、隣の、407号室の主婦が顔を出した。
浦上はここでも、隣の主婦から話を聞くことになった。
「そうですわね、どちらかといえば、人見知りをされるご主人でしたが、いやな感じを与える方ではありませんでした」
と、若い主婦は言った。
大森は職業柄、毎晩帰りが遅かったし、酔って帰宅することが多かったようだ、と、隣の主婦は浦上の質問にこたえたが、彼女は広告代理店勤務を、一般のジャーナリストと混同していた。
人見知りするような、一種偏屈な大森の性格を、
「毎日、細かく神経使うお仕事をなさっているせいでしょうね」
と、若い主婦は、彼女なりに、受けとめていた。
だが、それは、その彼女の印象であって、大森の夫婦仲はよかったし、大森は一人息子をかわいがっていたという。
マンション内での、他の住人の評判も、(大森の口数とか笑顔が少ないことを指摘する人は多かったけれど)悪いものは一つもなかった。
「仕事熱心で、まじめなご主人という感じでした。殺されるような、恨みを買う人じゃありませんよ」
だれもが、同じことばを返してきた。大森という男は、要するに、人当たりはよくないけれども、家族を大事にする堅実なサラリーマンだった。
大森の妻が、山下署の刑事課長にこたえたところによれば、大森は『泰山』社内でも、順調に出世コースを歩んでいたわけである。
「そうですね、確かに気難しそうなところはあったけど、身の回りの、センスのいい人でしたよ」
と、こたえたのは、『コーポ立野』の管理人だった。
ことばをかえれば、おしゃれということになろうが、それは、死亡時の服装からも、推察できることだった。
浦上は、武蔵野市の葬儀社を管理人に聞いて、『コーポ立野』を出た。葬儀社は井の頭公園の反対側にあり、徒歩で十分とはかからない場所だった。
浦上は公園を突っ切り、小雨が降る池の端を歩いた。
公園の桜も、完全に花を開くには、まだ間があった。
桜の木の下を、傘さして、ショッピングカーを引く主婦がすれちがっていった。
浦上は水のある風景が好きだった。弁財天の近くで何となく足をとめると、小雨の中でキャスターに火をつけた。
(被害者の二人は、ともに、仕事も家庭もうまくいってたってわけか)
浦上はゆっくりと、たばこを吹かした。
製靴会社の部長も、広告代理店の課長も、それぞれに、隠れた�個性�を備えている。それらの是非はともかくとして、人間がいくつかの面を持っているのは、当然なことなのだ。
問題は、プライベートな時間にふっと露呈される、そうした個性というか癖が、今回の殺人に結び付いてくるのか、どうか、ということだ。
浦上は繰り返しそれを考えながら、一本のたばこを灰にした。
葬儀社は、駐車場と向かい合っていた。
浦上が探し当てたとき、すでに受付は始まっていたが、密葬ということで、参列者は少なかった。
浦上は、一応写真だけは撮っておくことにして、駐車場の前でカメラを取り出した。
構図を決めようとして、ふと気が付くと、横浜・山下署の刑事が二人、受付の近くに立っていた。浦上は、直接口を利いたことはないが、山下署の刑事課は何度か取材しているので、顔だけは知っていた。
それは、中山部長刑事と堀刑事だった。葬儀の参列者をチェックするのは、捜査の常道だ。
しかし、二人の刑事は、手持ち無沙汰な顔付きである。
(あの分では、張り込みの収穫はゼロだな)
浦上はシャッターを切り、そっとその場を離れた。