天王寺のホテルで浦上が目覚めたのは、午前八時近くである。
窓のカーテンを開けると、昨日とは打って変わっての快晴だった。新宮行きのL特急�くろしお2号�が、穏やかな朝日を受けて、ホームを離れて行くところだった。
関西線の方のホームは、通勤客の姿であふれている。
浦上は洗顔を済ませ、キャスターを一本灰にしてから、『週刊広場』編集長の自宅へ市外電話を入れた。編集長の自宅は、東京の杉並だ。
「そうか、それはご苦労さん」
編集長は、浦上の取材が順調に進んだので、機嫌がよかった。
「浦上ちゃんが言うように、王寺署の捜査本部が緘口令を敷いているとなると、タクシー運転手たちの証明は、確かに、絶対的な決め手となる何かを含んでいるな」
「でも、東京からやってきたぼくでさえ、回り道をせずに、手にした聞き込みです。地元記者がキャッチするのは、時間の問題でしょう。あるいは、すでにかぎ付けているかもしれません」
「浦上ちゃん、今日はこれからどうするつもりだ?」
「どう考えても、�奈良�は、単に、殺人《ころし》の現場に過ぎないでしょう。事件を構成しているのは、�東京�だと思います」
浦上は感じた通りのことを言った。
「そうだな。クールで食欲旺盛な男は、さっさと東京へ引き返し、人込みに紛れてしまっているか」
「ぼくも、ホテルをチェックアウトしたら、すぐに地下鉄で、新大阪へ出ます」
「昼過ぎには、編集部へ顔を出せるね」
編集長も浦上に同意した。
浦上はいったん電話を切ると、もう一本たばこを吹かし、今度は、横浜のダイヤルボタンを押した。
谷田は横浜市内の、港北区菊名の住宅団地で、妻と二人暮らしだ。
「あら、浦上さん? 大阪からなの?」
谷田の妻は、いつものように人なつこい声で、浦上に応じた。
『週刊広場』の編集長とは違って、谷田はまだ眠っていた。
「あなた、浦上さんよ。市外電話なのよ」
と、谷田を起こす声が、受話器越しに伝わってくる。
だが、待たされたのは、ほんの二、三分だった。
「おお、連絡が遅かったな」
谷田はいつもの太い声で、こたえた。妻に起こされているのを、電話越しに察知されていたとも気付かず、浦上の連絡を、早朝から待ち兼ねていたようなことを言っている。
「まだ大阪か。すぐにホテルを飛び出したとして、新横浜に着くのは何時だ?」
「何かあったのですか」
「ああ、特上のネタを仕入れた」
谷田はまだ完全に眼覚めていないのか、すし屋みたいなことを言った。
「ぼくの方も取材はスムーズにいきましたよ」
と、浦上が昨夜の結果を伝えると、
「なるほど、クールな男か。村田啓《むらたひろし》というのが、その野郎の名前だ。二十七歳。フリーのカメラマン」
と、谷田は早口で言った。
「何ですって? 先輩、どこからそのカメラマンを割り出したのですか」
浦上の方も早口になった。谷田の声はがんがんと耳に入ってくるが、そのことばの意味が、一瞬には飲み込めない。
一晩のうちに、どのような展開があったのか。
しかし、谷田は浦上の質問にはこたえず、太い声で、こう言った。
「オレは、きみが何時に新横浜駅へ到着できるのか、と、それを尋ねている」