「深い意味があるとは思えない。しかし、こうなってみると、無関係じゃありませんね」
「大森は、シドモア桜の会へ出席する矢先に殺された。寺沢の方は、花見旅行の途中で襲われた。しかも犯人《ほし》は、桜が好きなんだろ、と、寺沢に言ってるわけだ」
「弘明寺のスナック、ラムゼから取材をやり直してみましょう」
谷田は自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。
二月の事件を、新しい角度から洗い直す。それが、支局長との話し合いの結論となった。
待っていた電話連絡は、それから十五分ほどして入った。
「キャップ、分かりましたよ」
若手記者の声は弾んでいた。自由が丘駅前からの電話だった。
「村田にカステラをくれたのは、仲佐《なかさ》という男です」
仲佐|次郎《じろう》 二十六歳 東京都渋谷区上原三四○『リリイマンション』55号 『ASプロダクション』テレビ企画課勤務
「おい、この男が働いているのは、芸能プロダクションか」
谷田が、電話の報告をメモしながら、口調を改めたのは、犯人はテレビタレントを連想させたという、王寺の運転手の証言を思い出したためだった。
同じ世界に生きている男なら、当人がタレントでなかったとしても、似たようなムードを漂わせてはいるだろう。
「村田と仲佐は、どのていどのつきあいなんだ?」
「やはり仕事で知り合ったという話ですが、足掛け四年になるから、短くはありませんね」
「で、何かあったか」
谷田は声を落とした。
「はい、預ってきました」
と、若手記者はこたえた。
「村田のマンションに、ASプロダクションの、最近のパンフレットがありました。これは、村田が撮影したものです。パンフレットが完成して、仲佐が届けてきたわけです」
「注文通りのものが、出てきたじゃないか」
谷田はうなずいた。電話取材でも済むのに、若手記者を、直接村田のマンションへ向けたことの真意が、それだった。
「きみはそのパンフレットを、本社の社会部へ持って行ってくれ。指紋の検出依頼は、やはり本社の社会部を通すことになった」
と、谷田は、支局長が強調するところの潜行取材を伝え、
「指紋の結果いかんにかかわらず、その足で、仲佐には会ってきてくれよ」
と、要点を指示した。
いずれにしても、カステラの木箱からは、犯人の渦状紋が採取されているのである。渦状紋へたどり着くためには、仲佐を経由しなければならない。
『ASプロダクション』のパンフレットから問題の渦状紋が出れば、これはもう、実行犯は仲佐で決まりと言っていいだろう。
「大森の兄弟を当たるかどうかは、その結果次第でいいでしょうね」
谷田は、電話を終えると、支局長に向かって言った。