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大阪経由17時10分の死者34

时间: 2019-04-25    进入日语论坛
核心提示: スナック『ラムゼ』は、夕方六時からの開店だった。 浦上伸介が、京浜急行の弘明寺《ぐみようじ》駅に降りたのは、五時半を少
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 スナック『ラムゼ』は、夕方六時からの開店だった。
 浦上伸介が、京浜急行の弘明寺《ぐみようじ》駅に降りたのは、五時半を少し回った頃である。谷田の指示に従って、『週刊広場』の編集部から駆け付けてきたのだった。
 急行電車のとまらない小さい駅だった。駅は弘明寺に隣接しており、下りホームのすぐ向こう側が、寺の境内になっている。
 改札口を出ると左手に踏み切りがあり、踏み切りを渡って行くと、五分ほどで、路線バスの走る県道だった。
 商店が立ち並ぶ一画に、小さいスナックがあった。
 車の往来が激しい県道だった。歩道の方も、夕方なので買物客で込んでいる。
(桜の花《イミテーシヨン》か)
 浦上は、谷田の電話を思い返しながら、足をとめた。県道越しに『ラムゼ』を見やって、キャスターに火をつけた。
 例の文庫本は、どこをどう渡って、死者の周辺に転がったのだろう? 篠塚みやを訪ねてきた若い男。彼がみやに見せた文庫本は、二冊のうちの一冊なのか。
 それとも、死者の周囲から発見されたのとは別物なのか。
 波木明美を拉致殺害した「アーさん」と「イーさん」が、大森裕と寺沢隆であり、新しく登場してきた仲佐次郎が、明美の隠れた愛人であるならば、
(復讐の線で、動機もすっきりしてくるのだがなあ)
 浦上は、そんなつぶやきをかみ殺して、たばこを吹かした。
 しかし、どう考えても、長髪の二人連れは、一流会社の課長や部長とは重なり合わないし、明美に愛人がいないこともはっきりしているのである。
 谷田実憲は、約束の六時に現れた。『ラムゼ』は、その少し前に店を開いていた。
 看板は出したが、客はまだ入っていない。取材には、ちょうどいい頃合だった。
 浦上と谷田は、信号が青にかわるのを待ち兼ねて、県道を渡った。
『ラムゼ』のママは、小柄で、角張った顔の女性だった。
 浦上と谷田は、身分と目的を告げてから、ビールとチーズを注文した。
 質問は、明美に親しい男性がいたか、どうか、そのことの再確認から始まった。
「ママがいくら明美さんと親しくしていたといっても、四六時中一緒に暮らしていたわけじゃない。いまにして、と、何か思いつくことはありませんか」
 と尋ねたのは浦上だが、ママは何の逡巡も見せず、自信を持ってこたえた。
「明美さんに限って、そういうことはないわね。彼女、一度結婚に失敗しているでしょ。ほとほと、男性には、懲りてるのよ。自分でもよくそれを言ってたし、こんな商売していても、そりゃ身持ちはよかったわ」
 ママはカウンターに片ひじついて、チェリーを吹かし、
「その点は、あのとき、警察が詳しく調べてるはずよ。あたしばかりでなく、花之木ハイツの家主も、彼女に限って、男性の出入りなど一度もなかったと何度も繰り返していたわ」
 と、そう言って、浦上と谷田の顔を交互に見た。
「それにしても、何だって、今頃になってまた、明美さんのことを調べたりしているのよ? あの二人の男のことは、全く分からず仕舞いなんでしょ」
「明美さんの遺体は、だれが引き取ったのでしたっけ?」
「弟さんだったわ」
「弟?」
 浦上はビールのコップを、カウンターに戻した。
 浦上は、モーテル『菊水』の事件を取材していなかった。全裸殺人を、真っ向から取材するのは、今日が最初だ。
 明美には弟がいたのか。それがサングラスをかけた黒っぽいコートの男だろうか。
 浦上がそんな目で、隣に腰かけている谷田を見ると、
「その弟さんは、新潟にお住まいなのですか」
 と、谷田はママに尋ねた。
 これまでの『毎朝日報』の取材は、「アーさん」と「イーさん」に焦点を絞ったものであり、被害者の明美サイドは、警察発表以上には掘り下げていなかった。被害者と加害者の間に脈絡のない事件、通り魔的な殺人だけに、それも当然だろう。
 この種の犯行では、被害者側に関しては、それほど取材しないのが普通だ。被害者の周辺と過去を、いくら洗ったところで、そこから犯人が出てくるわけではないのだから。
「新潟のご両親は他界したと聞きました。弟さんが、家を継いでいるのですか」
「いいえ。お家《うち》は処分したって、話だったわね。その弟さんは埼玉県の浦和で結婚しているのよ。浦和から、東京の赤羽だったかしら、食品会社へ通っていると言ってたわ」
「明美さんの遺骨は、浦和の弟さんのところにあるわけですか」
「ええ、遺体を引き取ってお葬式出したのは、浦和に住む弟さんでしたが、先週、新潟の墓地に埋骨されました」
 と、ママはこたえた。
 四月一日が四十九日に当たる。明美の遺骨は、その日、実弟の手で、新潟県北蒲原郡の、先祖累代の墓に移されたという。
 遺体を引き取った実弟は、波木和彦《なみきかずひこ》、二十八歳。
 和彦は、七七日忌の法要の案内を『ラムゼ』にも電話してきたが、
「新潟では、横浜から日帰りというわけにもいかないでしょ。それで、あたしは失礼しました」
 と、ママは言った。
「それにしても和彦さんは、今時珍しいほどの、お姉さん思いの弟さんだったわ。よほど仲のいいきょうだいだったのね。初めて、ここへあいさつに見えたときも、涙を流さんばかりにして、悲しがっていたわ」
 明美の絞殺死体が発見された二月十三日の土曜日、『ラムゼ』は店を開けなかった。臨時休業の張り紙を出したスナックに和彦が入ってきたのは、昼過ぎだった。
 急を聞いて横浜へ飛んで来た和彦は、菊名署で変わり果てた姉と対面し、それから、姉が働いていた『ラムゼ』を訪れた。
『ラムゼ』では、ちょうど捜査員たちが引き上げるところだった。指紋採取を目的とする鑑識係と、「アーさん」と「イーさん」の似顔絵を作成し、前夜の模様をことこまかく聞き込んだ刑事。
 捜査員には、東野哲も同行していた。前夜、「アーさん」や「イーさん」以上に飲み過ぎた東野は、昼を過ぎても、完全に二日酔いの状態だった。
 東野も、捜査員たちと一緒に『ラムゼ』を出た。和彦と入れ違いである。
 和彦は、刑事の中にいるのが問題の東野と知るや、
『訳の分からない酔っ払いっていうのは、あんたかね!』
 すさまじい形相で、東野ににじり寄ったという。
「あの場に刑事さんがいなければ、殴りかかっていたかもしれないわ」
 と、ママは二ヵ月前を振り返った。
「和彦さんは、気性の激しいタイプでしたか」
「ううん、決してそんなことないわ。むしろその逆ね。刑事さんたちが帰って、あたしと二人きりで話していたときの弟さんは控え目で、とてもおとなしい感じだった」
 そうした人間が、そんなに焦燥をあらわにするとは、それだけ姉を愛していたということだろう。
「明美さんは、自分のことを語らない人だったけど、あの弟さんから受けた印象では、家庭はあたたかかったみたい」
 と、ママはつづけた。
 相次いで両親が他界し、家が人手に渡り、そして結婚に失敗。明美が横浜へ流れてきたのは三年前だが、本来なら、水商売とは無縁の暮らしだったのかもしれない。
「あんな殺され方をした明美さんが、かわいそうでならないわ。ねえ記者さん、この種の事件って、犯人の挙がらないことが多いのですか」
「和彦さんが初めて訪ねてきたとき、ママはどんな話をしたのですか」
 浦上は口調を改めた。
「どんなって、刑事さんにこたえたことと同じよ。あの二人が、東野さんと一緒に入ってきてから出て行くまでのことを、刑事さんに伝えたのと同じように、話したわ」
「明美さんの弟さんは、長髪でしたか」
「長髪?」
「髪の長さは肩ぐらいまである、長髪ではありませんでしたか」
「いいえ」
 ママは顔を振った。
「そんな目立つヘアスタイルではなかったわ。ごく普通のサラリーマンという感じだったわ」
「待ってくださいよ」
 谷田がことばを挟んだ。篠塚みやの一言が、よみがえってきた。
『二十代後半ってとこかナ。ごく平凡な、サラリーマンという感じだったわよ。うん、印象は悪くなかった』
 みやは、自宅に訪ねてきた若い男のことを、そんなふうに説明している。
 その若い男が、明美の弟であるなら、それなりに話の筋が通ってくる。明美の愛人と想定した男を、明美の実弟に置き換えればいいのだ。
 そう、若い男は、波木和彦に間違いあるまい。
 谷田は、そうした視線をちらっと浦上に向けてから、慎重に切り出した。
「和彦さんは、文庫本を持っていなかったでしょうか」
「文庫本ですか」
「文庫本を出して、ママさんに何か尋ねませんでしたか」
「新聞の切り抜きが挟んであり、何行か、傍線の引いてある文庫本ですか」
「ご存じでしたか」
 谷田の声は、押さえようとしても大きくなる。
「その文庫本について、和彦さんはどのような話をしていましたか」
「ただ、これをぼくにくださいと言っただけですわ」
「ください?」
「あの文庫本は、ボックスシートの下に落ちていたのですよ。ええ、あの前の夜、東野さんと、あの二人が座っていたシートの下に落ちていたのを、朝、掃除したときに見つけたのよ」
 ママは、だれが落としていったのか知れない文庫本を、それほど重視していなかった。落とし主が、前夜の客であることの証明もなかった。
 と、いうのも、ボックスシートの下をきれいに掃除するのは、半月に一度ぐらいだったからである。
 ママは、シートの下から出てきた文庫本を、カウンター脇の飾り棚に載せた。棚には週刊誌などが乱雑に積み上げてある。
 いずれも、客が読み捨てていったものだ。ママにしてみれば、その文庫本も、読み捨てられた週刊誌などと同じ意味しか持たなかった。
 たまたま和彦が文庫本に目をとめ、文庫本が発見されたいきさつを知って、
『これをぼくにください』
 と、切り出したときも、
『いいわよ。どうぞ』
 と、こたえていたのだ。深い考えは全くなかった。前の客が読み捨てた写真週刊誌を、後からきた客がもらっていくのは、よくあることだった。
 もちろんママは、文庫本が発見されたことなど、刑事たちには一言も漏らしてはいなかったわけだ。
『ラムゼ』のママに他意はなくとも、これは大事な分岐点だ。
 山下署と王寺署の捜査本部は、文庫本の出所を知らない。
 従って、二月の全裸殺人事件と、四月に発生した二件の刺殺事件は結ばれようもないわけだ。
 谷田は、高まる感情を、必死に抑えて言った。
「和彦さんが、その文庫本を欲したのは、挟んであった新聞の切り抜きと、傍線が引かれたページを確認してからではありませんか」
「そう、そういえばそうだったわ。あたしと雑談しながら、しばらくぱらぱらとページを繰ってから、この本をくださいと言ったのよ」
 と、ママはうなずいた。谷田の期待通りのこたえだった。
 
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