身分を名乗り、目的を告げると、先方はマネージャーに代わった。
ホテル側は協力的だった。マネージャーは、いちいち係の確認を取りながら、部長刑事の質問にこたえてくれた。
基本的な質問である、二泊に関しては、昼間浦上が聞き出したように、一日の夕刻から、三日の朝までで間違いないという、こたえが返ってきた。
「宿泊二日目、すなわち四月二日の夕食ですが、仲佐さんは、ルームサービスを頼んだと言ってるのですが」
「はい、その通りでございます。ご予約は六時半になっております。係のボーイは時間通りにお届けいたしました」
「ボーイさんが512号室へ行ったとき、無論、仲佐さんは室内にいたのでしょうな」
「はい。ボーイは仲佐さんとお話をしています。料理はテーブルワゴンのまま置いて参りまして、午後八時頃、お下げしております」
本当なのか。
部長刑事の背筋を、焦燥に似たものが這い上がってくる。
外部からの電話も、仲佐が説明した通りだった。
「交換手の話によりますと」
と、マネージャーは、これも電話交換台に問い合わせた上で、こたえてくれた。
「かかってきた電話は、若い感じの男性だったそうです。東京からの宿泊客、仲佐次郎さんをお願いします、とフルネームで呼び出してきたそうです」
「交換手さんがつないだのは、間違いなく、512号室でしたね」
「はい。仲佐次郎様ですね、と、お名前を確認して、おつなぎしております」
仲佐は、夕食を食べながら、交換台を経由した市外電話を受けている!
中山部長刑事は、一瞬、質問をつづけるためのことばを失った。受話器を持つ掌の汗ばんでくるのが分かった。
どこかに間隙はないのか。
「もしもし、ご用件は以上でございましょうか」
口調を改めたマネージャーの声が、受話器を伝わってきた。
ホテルは、チェックインの客で多忙な時間帯だった。
「こりゃどうも。お忙しいところを恐縮しました」
部長刑事は慌てて礼を言ったが、電話を切ろうとして、ふと、あることに気付いた。
「もしもし」
中山は受話器を握り締めた。
四月一日と二日、『新潟ターミナルホテル』に宿泊したのは、本当に仲佐次郎当人だったのだろうか。
部長刑事の頭をかすめた疑問が、そのことだった。代人を用意する以外に説明が付かなかったからである。
「お待ちください」
マネージャーは、また送受器を置いた。別の内線電話で問い合わせる声が、机に置かれた電話機を通して聞こえてくる。
間もなく、そのマネージャーの声が戻ってきた。
部長刑事の疑問は否定された。
「ASプロダクションさんは、手前どもホテルのお得意様でして」
と、マネージャーは言った。
ターミナルホテルは、全国九ヵ所にチェーンがあった。『ASプロダクション』は東京・新宿のホテルを、よく利用しているという。
仲佐の二泊の予約も、新宿のターミナルホテルを通じてだった。
「新宿」のフロント係の一人が、新年度の異動で、「新潟」へ移っていた。『ASプロダクション』テレビ企画課の仲佐と顔見知りのフロント係だ。
その従業員が、仲佐のチェックインのときも、チェックアウトのときも、『新潟ターミナルホテル』のフロントにいたという。
「係は、もちろん仲佐様とことばを交わしています。仲佐様は、おや珍しいところで再会しましたね、と、おっしゃっていたそうです」
「すると、そちらへ二泊したのは、仲佐さんに間違いないわけですね」
「何でしたら、そのフロント係を、電話口へお出ししましょうか」
「いや、結構です」
部長刑事は、丁重に辞退した。混雑する時間帯ではあるし、ホテル側が誤認しているとは思えなかったからである。
かねて顔見知りの従業員が、ことばまで交わしているのなら、万に一つも、替え玉は有り得ない。
仲佐は間違いなく二泊している。
そして、奈良の王寺でタクシーに乗っていなければならない時間、仲佐は新潟のホテルで夕食をとり、市外電話を受けていたのだ。
これを、アリバイと呼ばずして、何をアリバイと言えようか。
「いろいろと、ご協力、ありがとうございました」
中山部長刑事の声が沈んでいた。
これでは、仲佐次郎を横浜へ連行することなどできはしない。部長刑事の全身の力が、がくんと抜けていた。
この電話聞き込みの内容に関しては、神奈川、奈良両県警からの依頼に応じて、その夜のうちに、新潟県警が念を押した。
新潟県警の捜査員は、電話ではなく、直接、川端町の『新潟ターミナルホテル』を訪れている。
新潟の捜査員は、マネージャーとフロント係に面接して、山下署の中山部長刑事が電話で聞いた内容を、じかに確認している。
物証がどうあろうとも、仲佐次郎のアリバイは不動だった。