浦上伸介と谷田実憲は、午前七時半に上野駅で待ち合わせた。
地下の20番線ホームから乗車した上越新幹線は、八時四分発の�あさひ303号�だった。
浦上も谷田も、朝には弱いタイプだ。二時間五分の車中を、二人ともほとんど眠ったままで、東京から新潟へと運ばれていった。
日本海側の空は曇っていた。新潟の市街地は、いまにも雨がきそうな、厚い黒雲に覆われていた。
同じ新幹線で到着した乗客は、それほど多くなかった。
浦上と谷田はホームで伸びをし、まずは腹ごしらえから始めた。二人が立ち寄ったのは、駅ビルの、セゾン・ド・ニイガタだった。
食堂も空いている。モーニングセットは、ハムエッグにトーストだった。東京と同じだ。この頃はどこへ出かけても、都内と共通なものを食べることができる。
「仲佐は、きのう中山部長刑事が引き上げた時点で、当然、大阪へ出張中の和彦へ電話を入れてるでしょうね」
浦上はコーヒーを飲み、キャスターに火をつけた。
「中山部長刑事は、いかに理由をつけようと、結局は真っ向から仲佐のアリバイを追及したわけでしょ。兄弟は、捜査が表面化したことを、どう受けとめているのでしょうかね」
「どうもこうもないだろう。新潟ターミナルホテル512号室の、アリバイにすがるしかあるまい」
「できれば、このまま、アリバイなど崩したくない。ぼくは新潟へ来て、改めてそんな気になりましたね。殺された大森と寺沢が悪過ぎますよ。ぼくは、ああいう仮面を被って生きているやつが許せない」
浦上がいつもの彼らしくもなく、知らず知らずのうちに強い口調になると、
「今度の事件《やま》は、人一倍神経を逆撫でされるようだな」
谷田もコーヒーを飲み、ピース・ライトを吹かした。
「しかし、きみの感情はさておき、新潟のアリバイ、本当に崩れるのかい」
「港の見える丘公園での、大森殺害だけは簡単ですね」
浦上はくわえたばこのまま、渋々といった感じで、ショルダーバッグから取材帳を取り出した。
「512号室で晩めし食べてた証言はあるけど、朝、何時までホテルにいたか、そっちの証明はないわけでしょう」
と、昨日のメモを示した。
朝早く新潟を出発していれば、十分、犯行時間に間に合うし、仲佐が主張する「夕方五時過ぎ」までに、『新潟ターミナルホテル』へ引き返してくることも容易だ。
これはもう、時刻表を開くまでもない。
焦点は、信貴山での寺沢殺しだ。兄弟は、夜のアリバイにすべてをかけている。
「ダイヤトリックではないですね」
浦上は取材帳をぺらぺらとめくり、これまでに書き出した、いくつかのルートに目を向けた。
「どうあがいても、新潟と奈良を遮断する空間は埋まりっこありません」
「捜査本部はどうするつもりなのかな。いよいよとなったら、�横浜�の容疑だけで逮捕《ぱく》るのかな」
「犯人《ほし》は、�横浜�も�奈良�も、同一人であることがはっきりしているのですよ。片方がクロで、片方がシロって解決方法がありますか」
朝食を食べながらの話し合いは、結局、今朝上野駅頭で会ったときの繰り返しになった。
『ともかく現地を踏んでこい』
という点で、『毎朝日報』横浜支局長も、『週刊広場』編集長も、姿勢は同じだった。日刊紙と週刊誌の立場こそ違っても、狙いは一つだ。
これまでに、谷田と浦上が協力して崩してきた偽アリバイは、数え切れない。支局長も編集長も、そのキャリアを評価、信頼すればこそ、
『他社に嗅ぎ付かれないうちに、何とか手掛かりをつかんできてもらおう』
という指令となった。
山下署と王寺署の捜査本部は、新潟県警に依頼した裏付け調査で、ホテルの捜査は、一応の終止符を打った形になっている。そして、捜査の主力を、波木和彦と仲佐次郎の生活に集中させる方針を採った。
だが、兄弟の日常を掘り下げることで、果たして、決定的なデータが浮かんでくるかどうか。
浦上と谷田は、そこそこに朝食を終えると、駅前からタクシーに乗った。
きれいなビルが目立つ町並みだった。
午前のメーンストリートは、人出もそれほどではなかったが、新潟市の中心、万代橋は、想像よりも大きかった。橋の両側には、しゃれたデザインの街灯がついている。
厚い雨雲を反映してか、信濃川の大きい流れが暗かった。
タクシーは渋滞もなく万代橋を渡り、暗い川面は、すぐに浦上の視野から消えた。
駅前から『新潟ターミナルホテル』まで、十分とかからなかった。