谷田は浦上の報告を聞くと、ある一点に目を据えた。
仲佐は部屋で電話を受けたことを、中山部長刑事に強調している。交換手を経由した電話を、アリバイの一つにしているのである。
そのとき、問題の電話の一方に仲佐がいたのは事実だが、
「やつが受話器を握っていたのは、新潟のホテルじゃない。仲佐が立っていたのは、信貴山から戻る途中の、坂下の電話ボックスじゃないか」
と、谷田はつづけた。
「そういえば、そうですね」
浦上はぼそっとつぶやいて、ティーラウンジの内部を見回した。浦上は、すでにそのヒントを得ていたのである。電話がかかってきた時間だ。
電話交換手は、それを午後七時二十六分と証言している。まさに、犯人がタクシーを降りて、坂下の電話ボックスに向かった時刻ではないか。
「やっぱり、現地は踏んでみるものだな」
谷田は視線を戻した。
「もう一つ、ここで決め手を得られるのではないかな」
「決め手?」
「秋田県の本荘へかけた電話だよ」
「電話を受けたのは七時半過ぎだった、と、和彦の女房は証言しています」
「当然、坂下の電話ボックスからかけたわけだろう」
「仲佐は昨日、われわれに対して、ホテルの部屋から義姉《あね》の実家へ電話を入れたと言ってましたね」
「あれは、新潟ターミナルホテルにいたことを強調したいばかりに口を滑らした、勇み足だろう」
「確認しましょう」
浦上はもう一度席を立った。テーブルの上の伝票を持って、谷田もティーラウンジを出た。
フロントへは、二人一緒に行った。
係の返事は、予想を違《たが》えなかった。
客室からの外線は、最初にゼロをダイヤルする、ゼロ発信となるのだが、
「仲佐様は、お部屋からは一本も電話をおかけになっておりません」
係は領収書のコピーを確かめて言った。
そう、二日の午後七時半過ぎ、仲佐が『新潟ターミナルホテル』512号室から電話をかけられるわけはないのだ。
浦上と谷田は広いロビーを横切って、電話コーナーの前にきた。
「どうした? アリバイが崩れたってのに、浮かない顔だな」
「それにしても、われわれの最初の見込みとは、大分違います。兄弟なりに考えたものですね」
横浜へトンボ返りということになるが、まずは淡路警部へ電話を入れるのが順序だ。
(待ってろ)
というように、谷田は緑色のカード電話の前に立った。
山下署捜査本部への通話は、意外と簡単に終わった。
谷田の顔が、一転、厳しいものにかわっている。
まさか、仲佐に逃げられたわけではあるまい。
「どうしたのですか」
浦上の問いかけに対し、谷田の返事は一呼吸を置いてからだった。
「おい、そんなに簡単にはいかないぞ」
谷田は吐き捨てるような口調で言った。
「仲佐は、あの日の午後三時過ぎ、新潟にいたそうだ」
「そりゃ、そうでしょう。夕方まで、新潟の町を歩き回っていたって、ことになっているのでしょう」
「そうじゃないんだよ。予約だ」
「予約?」
「例の夕食の予約をしたのが午後三時過ぎで、直接、仲佐が自分でフロントへ行ったというのだよ」
「何でいま頃、そんなことを言い出したのですか」
「刑事《でか》さんが畳み込んだ結果だろ。ともかく、確認だ」
二人はもう一度、フロントに足を向けた。
仲佐の新しい主張通りだった。
しかも、予約を受け付けたとき、仲佐をよく知る、新宿から転勤してきたさっきのフロント係もカウンターにいたというのだ。
そのフロント係がこたえた。
「はい、夕食の予約をお受けしたのは別の人間ですが、仲佐様がお見えになったことは、はっきり覚えています。フロントの交替時間の直後ですから、間違いなく午後三時過ぎです」
「確かに、仲佐さんだったのでしょうね」
「間違いありませんよ。私は、すぐ傍に立っていたのですから」
それが事実なら、�奈良�どころか�横浜�の犯行まで、危うくなってくるのではないか。
物証は、何の意味も持たないというのか。
激しい懊悩が、浦上と谷田を見舞った。
二人は、重い足取りで、『新潟ターミナルホテル』を出た。