二月のモーテル『菊水』事件を絡めてのスクープは、「桜が散らせた連続殺人」。
六段抜きの大見出しが、社会面のトップを飾った。
事件の発生から一週間が過ぎて、外人墓地の桜も、すっかり花を開いている。
久し振りにのぞいた青空の下を、浦上と谷田が歩いている。
『毎朝日報』は特ダネを物にしたが、週刊誌はこれからが勝負だ。
「夜の事件レポートは、波木和彦、仲佐次郎の兄弟サイドでまとめるつもりか」
「それしかないでしょうね」
二人は横浜港を眼下に見ながら、急な坂道を上がった。
「兄弟はすらすらと自供しているそうだ。大森を尾行したことで、大森の隠された一面と、白い乗用車の寺沢を割り出したわけだが」
と、谷田は、淡路警部からもたらされた新情報を言った。
「大森に問題の文庫本を送り付けて、何も彼も世間にばらすと電話で脅したら、大森も寺沢も一発で震え上がったそうだ」
「後は、兄弟の意のままに呼び出されたってわけですか」
「完全犯罪の構図は、やはり、寺沢の信貴山行きに焦点を当てたことで、具体化したようだな。亡姉の四十九日が四月一日。そして二日は、大森がかねてから参加しようと考えていた、シドモア桜の会」
「でも、いまになってみると、大森はよく横浜へ来たものですね」
「それもまた、兄弟の呼び出しを断われなかったということだろう」
「たとえば、現金をせびられることはあっても、まさか命まで狙われるとは考えていなかったのか」
「そうかもしれない。ともあれ大森は、兄弟が午前十時半と指定した時間に、文庫本持参で、指定の場所へ現れたそうだ」
「それが凶行現場ですね」
「忘れず例の文庫本を持ってこいというのも、兄弟の指示だったというんだな」
すると、犯行後�横浜�と�奈良�に文庫本を落としていったのも、意図的だったことになろうか。
「うん、兄弟なりに、復讐の成功を、ひそかにアピールしたかったのかもしれんな」
と、谷田は言った。
坂を上がり切ると、港の見える丘公園だった。
明るい空を背景にして、桜が花を開いている。
「先輩、たまにはこういう所で、一杯やりたいものですね」
「桜が散らないうちに、夜の事件レポートを書き上げるんだな。オレはいつでもつきあうよ」
「そうだ、そのときは、女流詩人をご招待しなければなりませんね」
「篠塚みや先生か。そう、あの人の登場がなければ、こんなに早い解決とはならなかったわけだ」
二人は公園を抜けると、外人墓地の方へ足を向けた。
一週間前の土曜日と同じように、山手の丘は人出が多かった。