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湖畔の殺人1-1

时间: 2019-04-26    进入日语论坛
核心提示:   1 沼は、月明かりの陰になっていた。 昼間なら、浦賀水道を見下ろすことのできる場所であったが、丘陵は夜が早く、東京
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 沼は、月明かりの陰になっていた。
 昼間なら、浦賀水道を見下ろすことのできる場所であったが、丘陵は夜が早く、東京湾も、暗く沈んでいる。
 その人気のない沼のほとりで、執拗に絡み合う、二つの影があった。
 小柄な中年の男と、定時制高校に通う十八歳の少女。
 ポニーテールの少女のほうが、男より背が高かった。
 張りつめた胸のふくらみなどは、とても十八歳とは思えない。
 わずかに、その口の利き方とか、男の愛撫を受けるときの、ちょっとした仕ぐさに、彼女の若さがのぞいたけれど、第三者には、それを確かめることができなかった。
 小さい沼を覆うようにして、雑木林が広がっており、びっしりと、夏草が、生い茂っているのである。
 沼の一隅には、付近の段々畑で栽培されるダイコンなどの、農作物を洗うための足場ができていた。
 しかし、土地の人間でなければ、間道を通って、水辺まで下りてくることは少ない。
 その人気のない夏草の中で、中年男は、少女のスカートの内側に、分厚い掌を這わせていた。
「ほんとに、おまえはいい子だ」
 と、ささやく声が粘っこい。
 少女の白い肌が、電流でも触れたかのように、ぴくんと動いたのは、男の太い指が、下のものに密着したときだった。
 少女は半身をそらそうとしたが、男の力は、それを許さなかった。
 男の髪には、すでに白いものが混じっており、それでなくとも小柄なのに、意外とも言えるほどに、力が強い。
「おまえも、オレの教えることが、分かってきたようだな」
 男の声は低かった。
 すると、その男に反応するかのように、少女の形のいい唇から吐息が漏れた。
 かすかに吹いている夜の風が、少女の髪を乱そうとする。
 男は、そうした少女を冷ややかに見詰めながら、何かを楽しむようにことばをつづけたが、少女には、そのことばの意味が聞きとりにくくなっていた。
 少女をまさぐる男の指先は、さらに位置を変えているのである。
 十八歳の少女の裡《うち》で、もう一つ目覚めていないものを、引き出そうとするかのような、執拗な指の動きであった。
「もうやめて!」
 乾いた叫びが、無意識のうちに、少女の口を衝《つ》いた。
 少女は、激しく首を左右にふり、垂れた長い髪を、前歯でかんだ。
 少女の内面では、戸惑いが、大きい渦を巻いている。
 未知なものに憧れる「本能」と、好色な男の愛撫を嫌悪する気持ちとが、ごっちゃになってできた渦である。
 少女は、常にその灰色の渦を感じながら、この中年男の、強引な誘いに従わされてきたのだった。
「やめるのか? ここで、やめるわけにはいかんだろう」
 男の口調は、しかし、相変わらず無表情だった。
 好色な男は、少女の叫び声を、別の意味に解釈した。
 愛撫のさ中で口走る女のことばを、そのとおりに受け取る男はいない。
 この男も、当然、女の「反応」を数多く経験している。
 
「おまえみたいないい子は、初めてだ。おまえは、オレの宝ものだよ」
 男は、脂ぎった顔で、歯の浮くようなことを言った。
「オレが、オレの手で、オレの好きなような女に育ててやる」
 男は、少女の背中に回した左手を抜くと、少女の顔に垂れている髪を払い、その分厚い唇を押し当てていた。
 たばこの匂いが、不快に染みついた唇である。
「やめてよ!」
 少女のことばは、「うそ」ではなかった。
 少女は本能的に、中年男の体臭を避けていた。
 少女の内面で、錯綜する灰色の渦が広がり、嫌悪感だけが、表面に押し出されてくる。
 いつもはそれほどではなかったのに、この夜に限って、男の体臭が、何ともいたたまれなかったのは、なぜだろう?
 あるいは、毎月少女を見舞う、体の変化とも関連があったのかもしれない。
「ねえ、お願い。お願いだから、手を離してよ」
 このとき、少女が、男の前では決してしゃべってはいけない一言を口にしたのも、体の変調のためであったろうか。
 それとも、ハイティーンの少女に特有の、微妙な感情が、前後の関連もなく口を衝いたのか。
 夏草に額を押しつけるようにして、少女はつぶやいたのだ。
「言うことを聞いてくれなければ、ママに言いつけてやるから」
「おい、おい。冗談にも、そんなことを口にするものじゃない」
「冗談じゃないわよ。おじさんが、本当にあたしを好きなら、おじさんのほうから、ママに打ち明けてちょうだい」
「何だと!」
 スカートの下の、男の手の動きが、とまった。
 少女の「訴え」が、その場のはずみで出てきたのではないことを、男は少女の口調から感じ取ったのに違いない。
 月明かりの陰で、男のやせた頬に、歪んだ笑みが浮かんだ。
「おまえは、勝手な子だね。おまえだってママの血を引いているくせに」
「嫌だってば!」
 少女は態度を硬化させる。
 男のねちねちとしたつぶやきは、さすがに、
『おまえだって、おふくろの血を引いて、好きなくせに』
 とは言わなかった。
 だが、男のことばの裏側にあるものは、少女にも分かった。
「あたし、本当に、ママに言いつける」
 少女はもう一度口走った。
 月の空はよく晴れているが、少女と男との間に、目に見えない、不吉な黒雲の漂い始めたのが、この瞬間からである。
 さっきとは異なる沈黙が二人を覆い、夜の風が沼の表面を流れていった。
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