愛欲を前提とする男と女の交際に、余分なことばは不要だった。
千代はクーラーを強くしてから雨戸を締めた。
「ビールをたっぷり冷やしておいたのに、どこで飲んできたのよ」
苦情というよりも、あまえた話し方になっている。
松岡はものも言わずに、千代の白い肌を抱き、乱暴にランジェリーを脱がせ、下のものを取った。
「どうしたのよ? あんた、いつもと違うみたい」
「今夜、いやにきれいだよ」
「信用金庫に、お金を借りるよう申し込んだわ。スナックを始めたら、あたしもお店番に行く必要がありそうね」
「決まってるじゃないか。もちろん、そうしてもらうつもりだ」
「美知子が何と言うかしら。あの子、このごろ反抗期でね。いちいち、あたしに食ってかかるのよ」
「スナックを開店する話、美知子ちゃんに打ち明けたのかい」
と、そう言いながら、松岡は視線を避けていた。
視線を避けるために、千代の首筋に唇を押し当て、唇の位置を徐々にずらしていく。
美知子を抱いた後で、千代の肌を責めるのは、今夜が最初ではない。
美知子が、大磯の友達の家へ出かける夜を狙って訪ねてくるのだから、必然的にそういう順序になった。
美知子を誘ったきっかけは、美知子が大磯へ行く途中を回り道して、千代の用事で、横須賀の家具店へ松岡を訪ねてきたことに始まる。
その夕刻、松岡は、ことば巧みに、例の沼へ、美知子を連れ出したのだった。
美知子にしてみれば、母親と関係を持っている松岡が、まさか、自分にまで変なことはしないだろうという、ある種の安堵感もあったかもしれない。
だが、それこそが、松岡の付け目だった。
松岡は人気のない雑木林の中で、強引に、十八歳の少女を犯した。
美知子は泣きじゃくった。
激しく泣きじゃくったけれども、すべてが終わったとき、
『このこと、ママが知ったらどんな顔をするかしら』
と、虚脱した目を向けてきたのを、松岡は忘れない。
それは、そのことを母親に言いつけるという意味ではなく、母親への「反抗」だけが感じられるまなざしだった。
そう、だからこそ、それからの三ヵ月間、千代に隠れた時間を持つことが、可能だったのだともいえよう。
美知子は大磯へ泊まりに行くたびに横須賀を訪ね、それから松岡は、打ち合わせどおりに大森へやってくる。
娘を抱いた後で、その実の母親の肌を責める。
そこには、飽くことのない、興奮があった。
それにしても、さっき美知子は、なぜ急に態度を変えたのだろう?
(いや、美知子のことは、もうどうだっていい)
松岡は、月のベールに包まれた沼の記憶を振り払うようにして、強く、千代の肌を吸った。
じっとりと汗ばんでくる白い肉体は、男の力を拒否するように、細かく左右に揺れたが、それが、「相手」を受け入れるときの前兆であることを、松岡は知っている。
(考えてみれば、美知子がいなくなれば、だれに気兼ねすることもなく、千代は、オレを引き入れることができるわけだ)
と、そんな勝手な理屈をつけながら、松岡は体を重ねていった。
アパート前の、路地を行く足音も途絶える時刻だった。
壁に映し出される二つの裸形の動きだけが、果てることを知らないように、いつまでもつづいた。