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湖畔の殺人2-2

时间: 2019-04-26    进入日语论坛
核心提示:   2「ああ、ぼくは長谷だが」 長谷は両足を踏ん張った。 一瞬、一条の風が、街路樹の枯れ枝を震わせて、過ぎた。「こんな
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「ああ、ぼくは長谷だが」
 長谷は両足を踏ん張った。
 一瞬、一条の風が、街路樹の枯れ枝を震わせて、過ぎた。
「こんな夜ふけに、ぼくに何の用かね」
 長谷が、黒ずくめの男を見直したのと、長身の男が、抜き身の日本刀を振りかざしたのが、ほとんど同時だった。
「だ、だれだ、きみは!」
 長谷の動作は、深酔いのために緩慢もいいところだ。
 長谷が本能的に身がまえようとするよりも速く、不気味に月光を浴びた刃が、小柄な長谷の左肩口に振り下ろされていた。
「ぎゃっ!」
 長谷は前によろけた。
 激痛というよりも、炎を突きつけられたような熱さが、肩口から背筋にかけて走った。
 救いを求めようとしても、ことばにはならない。
「う!」
 長谷は低いうめきを漏らすと、全身を丸めるようにして、雪の路上にうずくまった。
 襲われた長谷にしてみれば、全く、身に覚えのないことであった。
 しかし、相手は、低いがよく透る声で、はっきりと、つづけるのである。
「おまえさんには、死んでもらわなければならない」
「何をするんだ。ぼくは白山電気商会の長谷だ」
 何かの人《ひと》間違いだ、と、訴えるつもりが、やはり声にはならない。
 だが、長身の影の方では、長谷の意を受けるかのように口走るのだった。
「オレは、長谷博之社長を待っていたんだ。長谷さんには、死んでもらわなければならない」
 男は冷たく口走り、うずくまった長谷を目掛けて、ところかまわずに、斬り付けてくるのである。
 返り血が、男の黒いコートにはねた。月明かりに見る路面の雪が、どす黒い血の色に変わる。
「た、助けてくれ!」
 長谷は、やっと、振り絞るような声で叫んだ。
 しかし、それも、ほんの一声だった。
 長谷はそのまま、わずかな呼吸だけを残して、身動きもしなくなった。
「おまえさんには、何の恨みもない」
 男は、うずくまった長谷を靴の先で、けった。
(これでいい)
 長身の影は無表情に長谷を見下ろすと、血塗られた日本刀を雪でぬぐって、さやにおさめた。
 その間、五分とはかからなかったはずである。
 ようやく、門前の異変に気付いて、長谷の家族が、玄関先へ出てくる頃、長身の男は、影のようにかき消えていた。
 男は、足音も立てずに、国道のほうへ去った。
 
 翌朝早く、長身の男は、新横浜駅下りホームにいた。
 新幹線岡山行き�ひかり号�の、発車ホームである。
(当分の間は、岡山でひっそり、暮らすことになるか)
 男は、暗いまなざしでハイライトをくわえ、フィルターをかみしめてから、ライターで火をつけた。
 よく晴れた朝である。
 新横浜駅前に林立する新しいビルに、冬の朝日が当たっている。
 空が蒼く晴れ渡っているだけに、寒い朝であったが、男は、寒さも感じないかのような、表情を欠いた横顔だった。
 男の名は、杉崎英次といった。二十七歳である。
 前夜とは打って変わって、明るい色調の紺のブレザーを着、白っぽいダスターコートを手にした杉崎は、一見したところ、中堅企業の、若手サラリーマンといった感じを、与える。
 まともな会社員と異なるのは、たばこの吹かし方と、眼光の鋭さだった。
 実は、杉崎は、二年前まで大阪のミナミで暴力団の構成員と深い交流を持っていた男なのである。
 杉崎は人込みの中でハイライトを吹かしながらも、注意は、絶えず、ホーム中央の階段に向けられていた。
(何してるんだ。すぐに列車がくる)
 杉崎はそんな目で周囲を見渡し、吸いかけのたばこを足元に投げ捨てると、苛立たしげに靴の先で、踏みつぶした。
 背後から肩をたたかれたのは、�ひかり号�の発車時刻が近付いて、ホームのガードフェンスが、自動的に開いたときである。
「おい、いつまでも何してたんだよ。遅過ぎるじゃないか」
 杉崎は、振り返りざま、不機嫌な声を出した。
「分かってくれよ。われわれの関係は、だれにも知られるわけにはいかないんだ」
 と、杉崎をなだめるのは、肩幅の広い中年の男だった。
 周囲の視線を避けるように、キヨスクの陰にたたずんでいるので、すぐ近くにいる人々にも、その男の識別はできない。
 そう、中年男は、明らかに、発車間際の慌《あわ》ただしい時間を狙って、杉崎に接近してきたのである。この男は、さっきからキヨスクの横にたたずんでいたのだ。
 男は、意識的にうつむいたまま、小声でつづけた。
「とりあえず、二百万円だけ用意してきた。これを持って、岡山へ帰ってくれ」
「二百万円? 話が違うじゃないか。オレはこの話を、六百万円で引き受けたはずだぜ」
「しかし、六百万円の仕事はしていない」
「何だと?」
「白山電気商会の社長は、家族に発見されて、あれからすぐに、病院へかつぎ込まれた。生命は、取り留めたんだ」
「本当か」
「うそをついて、どうなる」
「仕事だけやらせておいて、報酬のほうは肩透かしってわけじゃないだろうな」
「新聞を見るんだね。事件は、今日の夕刊には報道されるだろう。どこを読んでも、死んだとは出ていないだろうよ」
「やり直しか」
「ともかく今日のところは、これだけ持って新幹線に乗ってもらいたい」
「それじゃ、あいつの入院した病院にオレを乗り込ませて、息の根をとめてから、残額分を払うというのか」
「おい、声が大きいよ。場所柄を考えろ」
「病院はどこだ? あの社長の入院した病院だ」
 と、杉崎が口調を改めたとき、�ひかり号�がホームに滑り込んできた。
「いずれにしろ、ここまでやってくれたんだ。約束は守る」
 中年男の声が、さらに低くなった。
「岡山市富田町の、渡辺ひとみといったな。彼女のアパートへ、残り四百万円の小切手は一ヵ月以内に送金する。間違っても、横浜へ連絡なんかしてくれては困る」
「ま、仕様がないだろう」
 杉崎は、ハトロン紙に包まれた現金、二百万円の札束を、無造作に、ダスターコートのポケットに突っ込んだ。
 発車のベルが鳴った。
 肩幅の広い中年男は、顔を伏せたまま、逃げるようにホームを離れ、エスカレーターを下りて行った。
 杉崎は、その男の姿を目で追いながら、吐き捨てるようにつぶやいた。
「あいつも、悪党だな」
 
 二百万円を杉崎に手渡した肩幅の広い中年男。この男の、陰の行動と目的が、容易に浮かび上がってこなかったために、青葉台署の捜査は難航した。
 一年後の解決を見るまで、動機のはっきりしない、なぞの殺人未遂事件として、迷宮入りのような形となるのである。
 
 岡山行きの�ひかり号�は、何事もなかったように、新横浜駅ホームを離れた。
 杉崎英次は、ダスターコートのポケットの上から、二百万円の厚さを確かめた。
(それなりに、ケリがついたってことか)
 杉崎は、冷ややかな笑みを浮かべて、指定の座席に腰を下ろした。
 直接の加害者である杉崎英次と、被害者長谷博之との間には、一点のつながりもないし、手がかりとなるような、遺留品も残ってはいない。
 その上、杉崎は、長谷とは何の関係も持たない、岡山の住人なのである。
 襲われた長谷のほうは、根っからの、横浜の人間だった。
(どう転んでも、アシがつくことは絶対にあり得ない)
 杉崎は小田原を通過する頃、八両目の食堂車へ行った。
 ビーフシチューを頼み、腰を落ち着けて、ビールを飲んだ。
 左手に広がる相模湾も蒼かった。静かで、平穏な海である。
(とりあえずは二百万円だが、一週間の横浜出張で二百万とは悪くない。今夜は、ひとみと、錦町辺りを派手に飲み歩くか)
 杉崎は、一週間ぶりの岡山の夜に、思いを馳せた。
 横浜にいたこの一週間は、ずっと、東神奈川のビジネスホテル泊まりだった。
 目立ってはいけない、滞在だった。遊びに出るのも、アルコールを飲むのも控えてきた七日間である。
 若い、頑健な体は、欲求不満もいいところだ。
(今夜は、たっぷり、ひとみをかわいがってやろう)
 杉崎はビールをぐいっとあけて、不敵で冷ややかな男とは思えない笑みを浮かべた。
 とてもではないが、昨夜、日本刀を振りかざした人間とは思えない。
 まだ二十七歳の若さだが、大阪のミナミで暴力団の構成員と交流していた頃、傷害の前科を四つも重ねている男なのだ。杉崎は、二十七歳とは見えない、ふてぶてしい落ち着きを備えている。
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