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湖畔の殺人2-5

时间: 2019-04-26    进入日语论坛
核心提示:   5 円型のベッドは、ゆっくりと回転している。回転に合わせて、B・G・Mが静かに流れている。 ミラー・ルームでは、直
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 円型のベッドは、ゆっくりと回転している。回転に合わせて、B・G・Mが静かに流れている。
 ミラー・ルームでは、直接的にお互いを見ることは少なかった。
 鏡に映る相手の裸体を眺めたほうが、興奮の高まることを、杉崎もひとみも、いままでの経験で承知している。
 ひとみの名義で借りた富田町のアパートがあるのに、わざわざラブホテルへやってくるのも、刺激が欲しいからであった。
 杉崎とひとみの好みの部屋は、壁も、天井も、一部分を除いて、すべてが鏡になっている。
 どのような体位をとっても、鏡に映る自分と、そして相手を見ることができる。
「その社長さん、あと、どのくらい出してくれるのかしら」
「恐らくは、こっちの言う通りさ。二千万円とでも吹っかけてやるか」
「あんた、一体どんな弱味を握ってるの?」
「それを聞いて、どうする?」
 杉崎がひとみの耳元に、熱い息を吐きかけると、
「どうもしないけどさ」
 ひとみは、くっくっと声を立てて笑った。鏡の中で、ふたつの裸体が、波を打ってもつれた。
 筋肉質な浅黒い長身と、白い、小柄な裸身。
 ひとみは、時折、放心したような表情を見せるが、視線は、鏡の中のある一点に、じっと向けられたままだった。
 そのひとみを意識すると、新しい欲情が、杉崎の内面から噴き出してくる。
 じわじわと、お互いの肌に汗がにじんでくる。
 杉崎は、ひとみの細かく震える肌に力を込めながら、
(明日にでも、横田に連絡をとるか)
 と、本気になって考えていた。
 犯行が計画通りに運ばれ、すでに半年以上も過ぎてしまったことが、杉崎を大胆にさせた。
 岡山へ帰った当初は、確かに、追われる不安があった。
 だが、一度だって、影の足音は聞こえてこないのである。
 横田も『白山電気商会』の新社長として、一定の軌道に乗り始めたようである。
 が、横田は何をしたのか。
(危険を冒したのは、オレのほうだ。オレだけだ)
 という思いが、日増しに強くなってくる。
(それにしては、報酬が、安過ぎやしないか)
 杉崎は、ひとみの白い裸身の向こう側に、あの夜の、月光を見ようとした。
 
 杉崎英次は、横田康司同様、岡山県新見市の出身だった。
 しかし、年齢が離れているので、交流はなかった。
 幼馴染みとして、横田と交際を持っていたのは、杉崎の長兄だった。杉崎は、長兄を通じて、同郷の横田を知った。
 今回の犯行の二ヵ月前、正月でふらっと実家へ戻ったとき、杉崎は、長兄の小学校時代の友人である横田に引き合わされた。
『早く、まともな職業についてくれないと困るんだが』
 長兄はそのとき、そうした紹介の仕方をした。
 長兄は根っからの農夫だった。都会へ出て成功した幼馴染みの横田に、ぶらぶらしている末弟の、就職を依頼したいとする下心があった。
 しかし、横田のほうでは、別な受けとめ方をしていた。横田が関心を寄せたのは、夜の底で流されてきた杉崎の過去だった。
 杉崎が、ひそかに計画を打ち明けられたのは、正月休みを終えて、横田が横浜へ帰る前夜だった。
『理由は聞かずに、仕事だけ、黙って引き受けてくれないか』
『オレも、相当に悪さをしてきたつもりだけど、殺人《ころし》だけは、まだしたことがない』
『二百万円。いや、秘密な仕事をしてもらうんだ、六百万用意しよう。もちろん、即金で払う』
 六百万円、と聞いて、杉崎の心が動いた。まともに就職する意思など、これっぽっちも持たない男だった。
 社長の長谷が他界すれば、順序として、専務の横田が、『白山電気商会』の実権を握ることになるのか。
 杉崎は一瞬それを考えたが、杉崎みたいな男にとって、そんなことはどうでもよかった。目の前にぶら下げられた、六百万円という現金だけが大事だった。
 凶器は、横田が鑑賞品として最近手に入れた、日本刀を使用することにした。
 犯行計画は、すべて横田が立てた。
 深夜、社長の長谷をプレリュードで青葉台の自宅まで送り届けた横田は、杉崎の凶行完了を、国道246号線脇で待つという手筈だった。
 殺人後、杉崎は横田が待つ乗用車へ急行。血塗られた日本刀とか、返り血を浴びたコートなどの処分を横田に一任。
 何食わぬ顔で東神奈川のビジネスホテルに戻り、翌朝、岡山に帰るという、取り決めだった。
 長谷の息の根をとめられなかったことが、小さな手違いとはいえ、ともあれ、横田の目的は完遂されたのである。
(横田だけ甘い汁を吸うなんて、確かに、六百万では安過ぎらあ)
 杉崎は、ラブホテルの回転ベッドで、ひとみの激しい反応の中に自分を沈めながら、もう一度はっきりと、胸の奥でつぶやいていた。
 
 杉崎は、十万、二十万、と、横田に金をせびり出した。
 これが、昨年の十一月辺りからである。
 当初は電話による強要だったが、送金が度重なるにつれて、脅迫はエスカレート。杉崎は、ひとみとともに、東京移住を決めた。
「横田が社長でいる限り、オレたちは、一生おもしろおかしく暮らしていける」
「あんたって、すごい金づるをつかんでいるのね。カッコいいわ!」
 ひとみは、憧れの東京に住めることで、有頂天だった。
 こうして、二人は、東京にやってきた。横浜に近い、大田区久が原に古いマンションを借りた。
 月下の犯行から、丸一年が過ぎていた。
 社長のポストを射止めた横田にとっては、もっとも危惧する事態となった。
 杉崎とひとみは、久が原のマンションに移住した翌日の午後、早くも、新横浜駅近くにある、『白山電気商会』の社長室に乗り込んできたのである。
 
「約束が違うじゃないか」
「ばかなこと言っては困る。横田さんとこで扱っている電気製品だって、アフターサービスがあるだろ」
「昨年の秋からだって、もう、百万を超える余分な現金を送っている」
「社長室ってのは、こういうものですか。気分いいものでしょうね」
 杉崎はソファで脚を組み、じろじろと内部を見回した。
 ミニスカートのひとみも、これ見よがしに脚を組んだ。ひとみは、にたにた笑いながら、口を開けて、チューインガムをかんでいる。
 どう見ても、二人の雰囲気は、異様だった。社員の何人かが、仕事にかこつけて、社長室を心配そうにのぞきにきた。
 横田は気が気ではなかった。警察を呼ぶわけにはいかないのである。
「どうすればいいというのかね」
「一時金で払ってもらうか。毎月、いただくか。そこんところは、横田さんのご都合で結構です」
 杉崎は、決して声を荒立てない。こうした出方のほうが効果があることを、杉崎は、大阪で暮らした頃の経験で知っていた。
 まとまるはずのない�談合�は、二時間余りもつづいて、夕方の退社時間となった。
 恐喝は成功しなかった。
 それは、脅《おど》す側と脅される側、双方にとって、妙な形での結末を迎えるのである。
 たまりかねた幹部社員の一人が、事情も分からないままに、一一〇番のダイヤルを回してしまったのだ。
 パトカーが社員通用口に横付けされ、警察官が二階の社長室へ駆け込んできたとき、思わず身構えるようにして立ち上がったのは、脅迫者の杉崎でも、ひとみでもなかった。
「た、大したことではありません」
 慌ててソファから立ち上がった横田は、手を振って、警察官を遮《さえぎ》った。
「この人は、ぼくの旧友の弟でしてね。岡山から出てきた矢先なのですよ」
 横田の声は上ずっていた。話自体に何の意味もなく、見る間に、全身の血の気の失せていくのが分かった。
 制服警察官の背後に、一年前の殺人未遂事件を扱った、青葉台署の、部長刑事《でかちよう》が立っていた。
 
 杉崎とひとみは連行されていった。
 杉崎の自供により、殺人未遂容疑で横田康司が逮捕されたのは、翌日の早朝である。
 緑山の自宅へ踏み込んできた部長刑事によって手錠をかけられたとき、横田は、崩れるように、玄関先に座り込んだ。
 事件発生以来、丸一年ぶりで仮面をはがされた横田の素顔は、別人のように、くろずんでいた。妻や子供たちの前で、恥も外聞もなく、いまにも泣き出さんばかりだった。
 一方、事実を知らされたときの、長谷の変化は複雑だった。
(やはり横田だったか)
 ぼそっと口を衝《つ》いたつぶやきが、それだった。
 あの夜、路面に雪が残っていたとはいえ、乗用車がスリップするほどではなかったはずである。長谷は病床で、ずっとその一事を考えてきた。
 それなのに、横田は、スリップの危険を口実に、いつもより手前で、長谷を降ろしたのである。
 長谷はこの一年間、自分の中に生じた不審を消そうと努めてきた。友情が、すべてに優先すると考えたからだ。
 しかし、不審は現実となった。
(やはり横田が、あいつが陰で仕組んだことだったか)
 長谷は、横田の逮捕を聞かされて、他のことばを奪われたかのように、ひとつのつぶやきを繰り返した。
 自宅のソファに身を横たえる長谷は、宙を見るような、虚ろなまなざしだった。
 二人で始めた店が、ここまで大きくなったことに遠因があるのか。
(それにしても)
 と、長谷はつぶやく。二十五年を超える友情を、こんな形で裏切られたことが、何とも信じ難いようであった。
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