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湖畔の殺人3-2

时间: 2019-04-26    进入日语论坛
核心提示:   2 昇治はさり気なくブルゾンを脱ぐと、体を寄せ合ったひざの上に、それを置いた。 いつもの順序だった。 こうして、千
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 昇治はさり気なくブルゾンを脱ぐと、体を寄せ合ったひざの上に、それを置いた。
 いつもの順序だった。
 こうして、千佳の肩から外した右手を、ジーンズの中へ滑り込ませていくのである。
「千佳が欲しい」
 昇治は、ペッティングがエスカレートしていくにつれて、何度、それを口にしかけたかしれない。
 もしも、
「それだけは結婚するまで待って」
 と、千佳が首を振ったら、それはそれでいい。
 だが、夜の公園などとは違う二人だけの部屋で、千佳のすべてを目にしたい。
 セックスが駄目なら、ペッティングだけでもいいのだ。
 こうした人目を忍ぶ愛撫とは異なり、二人だけの部屋で、すべてをさらけ出してみたいと思った。
「千佳のヌードを見たいな」
 しかし、その一言を口にできないのは、昇治の人柄だった。
 軽薄にセックスを楽しむだけの交際ではなく、意識の上で、はっきりと結婚を前提としているがゆえに、なおのこと、慎重になるのだろうか。
 いまの交流は、大事にしなければならないのである。
「好きだよ」
 昇治は、複雑に錯綜してくる想念を振り払うようにして、それだけを言った。
 右手の指先は、昇治のためらいとは逆に、下部へ下りていく。
 千佳の肌にぴったり食い入るように密着している下着。
 その内側に差し込まれた指先は、じっくりと、恥ずかしい個所の周辺を探り当てようとする。
 こうして、星空の下の時間が過ぎると、直接的な性体験を持たない千佳の肉体にも、変化があらわれ始める。
 千佳の吐息が、粘り付くような感じに変わっている。
(こんなときの千佳の全裸を、だれもいない二人きりの部屋の中で目にすることができたら、素晴しいだろうな)
 昇治の内面で、そんなふうにささやく声が高くなる。
 すると、指を這わせている部分に、直接、唇を押し当てたいような衝動が昇治を見舞った。
 二人だけの部屋の中であるならば、それができるのだ。
 日曜日に三浦半島へ行ったら、その帰りに、思い切って誘いをかけてみようか。
 千佳が断わるわけはないと思った。
 自分が決断さえすればいいのだろう、と、昇治は考える。
 また一組、肩を抱き合ったアベックが市立図書館のほうから上がってきて、水銀灯の向こう側へと消えて行った。
「寒くないか」
 と、昇治は言った。
 寒いどころか、暖か過ぎる夜であるのに、一瞬、ことばが見つからなかった。
 ことばには逡巡があるけれど、昇治は千佳の白い指を取ると、自分のほうへ誘導していた。
 昇治の変化も、千佳に劣らなかった。
 そこに触れさせると、千佳は一瞬ためらったけれど、しかし、手を引っ込めようとはしなかった。
 いつもと同じだった。
 昇治の指先が千佳の中に差し込まれていくと、千佳も、恥ずかしさを漂わせながらも、力を込めてくる。
 影のような二人は、もう何の動きも見せはしない。
 二人以外のだれにも知られないところで、じわじわと力が加えられ、そして、タイミングを計るように、力が外されていくだけだ。
 眼下に広がる、横浜中心部の夜の彩りも、次第に二人から遠くなっていく。
(幸福だわ)
 千佳の胸の奥を、滅多に使ったことのないことばが流れるのは、こうしたときである。
 ペッティングそのものが、幸福なのではなかった。
 ペッティングの向こう側にある、心と心の結び付きが大事だった。
 千佳は、このようにして愛を確かめ合っていることに、たまらない充実感を覚えるのである。
 千佳も、昇治と同じように、いま指の先で触れている部分に、自分の唇を当ててみたいと思うことがあった。
 性の欲望ではなかった。
 もっともっと、昇治の愛の中へ沈んでいきたかったのだ。
 肉体を通して、昇治の愛を自分のものにしたいと考えた。
 それは健全な男女の、まともな恋愛の過程というべきだろう。
 いま、星空の下の野毛山公園には、セックスを、単なる悦楽としてしか捉えていない男女も多いはずだ。
 しかし、飽くまでも、昇治と千佳は違った。
 二人の交わりの彼方には、何年先になるか分からないが、「結婚」という新しい生活が、約束されているのである。
 昇治の指先が、さらに千佳の内奥を確かめ、思わず知らず千佳が反応を示し、それがまた千佳の指の動きとなって、昇治に返ってくるとき、二人は、性の欲望を超えて、お互いの心を自分のものにしようとした。
 ベンチの上で、ひとつの影と化したまま、長い時間が過ぎた。
 周囲のすべてが、完全に、二人からは隔《へだ》たったものとなっている。
 やがて、若い恋人同士は、充実した感情に浸りながら、公園の砂利道を下って行くだろう。
 いつもと同じようにだ。
 日ノ出町から京浜急行に乗り、井土ケ谷まで戻る。
 井土ケ谷駅近くのハンバーガーショップで空腹を満たし、昇治は、女子寮の傍まで千佳を送って行くだろう。
 そして、口笛を吹きながら小学校の前を横切って、軽い足取りで男子寮へ帰って行くだろう。
 
 しかし、この夜、昇治と千佳は、いつものコースで戻って行くことを許されなかった。
 停止した時間の中に沈む昇治と千佳は何も気付かなかったけれど、その一部始終を、息を詰めて目撃する、二人の男がいたのだ。
 山下和也二十六歳と、長沢信明二十二歳である。
 派手なマフラーを首に巻き、そろって革ジャンパーを着込んだ山下と長沢は、一見、チンピラふうな印象を与える。
 昇治と千佳が腰かけたベンチの背後は、なだらかな傾斜地になっている。
 桜の大木の陰で、草むらに這いつくばった山下と長沢は、頬杖をしていた。
 山下と長沢は、昇治と千佳がベンチに腰を下ろしたときから、じっと、その動きを見詰めていたのである。
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