「何てことよ! あんたたち、一体何してるのよ!」
久乃は、部屋に入ってくるなり、高い声で叫んだ。
事前の打ち合わせどおりである。
しかしこのとき、演技と異なる複雑な表情が、久乃のやせた顔に浮かんでいたのも事実だった。
嫉妬。
そう、嫉妬の感情がなかったと言えば、うそになろう。
自分の手でセックスの歓びを教え込んでやった昭子が、半ば演技とはいえ、中年男にすべてを任せているのである。
「妹に何てことするのよ! 妹には、れっきとしたフィアンセがいるのよ! こんなことがフィアンセの耳に入ったら、どうなると思うの!」
セリフ自体は、手筈どおりだ。
しかし、久乃の態度は、あながち、芝居とばかりは言えなかった。
過去三回の場合もそうであったが、両の目が、異様に光っている。
びっくりしたのは、和田だ。
「あんた、お姉さんと一緒に暮らしていたのかい」
慌てて上半身を起こしながら尋ねたが、昭子は一言もこたえない。
部屋の中に、何とも言えない、不気味な空気が流れるのを、和田は感じた。
酔いの中で、急に生じた不安感が、黒い、大きな穴をあける。
和田は床から這い出して、下着に手を伸ばした。
その和田の身支度が終わるのを、久乃は突っ立ったまま、冷ややかに見詰めている。
そして、一瞬視線をずらすと、何事か、昭子と目配せをした。
和田は、その目配せに気付いていない。
和田は、ネクタイを外したまま背広に腕を通すと、気が動転しているままに、財布の中から五枚の一万円札を差し出した。
「何よこれ。妹にこんなことしておいて、お金で片をつけるというの」
「申し訳ない。今夜、ぼくは酔い過ぎてしまったようだ。そんなことは弁解にもならないけれど、それでつい」
和田は、自分でも何を口走っているのか分からないままにそう言うと、逃げるようにマンションを出た。
(何てことだ)
自嘲的なつぶやきを漏らすと、天王寺駅近くまで戻って、タクシーを拾った。
「西宮へお願いします」
「阪急沿線の西宮でっか?」
「駅まで行ったら、後の細かい道は指示します。チップははずみます。ともかく急いでやってください」
全身に、びっしょりと汗をかいていた。
その和田の内面に、もうひとつの不安が広がってきたのは、タクシーが深夜の町を走り抜けて、高速道路に差しかかったときである。
(しまった! オレはあの女に名刺を渡している!)
こんな失敗が会社に知れたら、せっかくつかんだ課長のポストはどうなるのか。
だが、あの二人は、会社まで押しかけてくるだろうか。
自分は、ともあれ五万円を置いてきたではないか。
あれでいい。
などと、不安が乱れたつぶやきとなって、胸の奥で錯綜した。
しかし、もちろん五万円で済むわけはなかった。
さっき、久乃と昭子が目配せをしたのは、和田の身元確認の有無についてだったのである。
そして、早くもその翌日、久乃と昭子の犯罪計画は、第二段階へと向かって行ったのだった。