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湖畔の殺人5-6

时间: 2019-04-26    进入日语论坛
核心提示:   6 影の足音が路地に消えたとき、恥じらいを上回るほどの怒りが、葉子の内面を衝き上げてきたのだった。 葉子は後ろ手に
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 影の足音が路地に消えたとき、恥じらいを上回るほどの怒りが、葉子の内面を衝き上げてきたのだった。
 葉子は後ろ手に縛られたまま、受話器に近付き、一一〇番をプッシュした。
「助けてください! 強盗です! すぐに来てください!」
 日頃の葉子からはとても信じられないような、甲高い叫び声になっていた。
 不意の闖入《ちんにゆう》者は去ったが、恐怖の渦が、簡単に消えるはずはない。
「お願いです。早く助けに来てください!」
 葉子は、ぶら下がった受話器に、口だけを寄せて叫んだ。
 この葉子の敏速な行動が、�犯人逮捕�を有利に導いたのは、言うまでもなかろう。
 県警通信指令課からの指令は、二分と経たないうちに、所轄の派出所へとんだ。
 
「小柄な男だな。今夜こそ、絶対に逮捕してやるぞ」
 何組かのパトロールが、静かに、現場周辺へ急行した。
 その中には、さっきの、ベテラン刑事と若手巡査のコンビもいた。
 特にこの二人は、犯行時刻と前後する頃に現場周辺を歩いているので、緊張感も一入《ひとしお》だった。
 そして、結局この二人の私服が、入野克男の影のような姿を発見したのであるが、最初は、それが当の犯人であるのかどうか、半信半疑だった。
 何と言っても、パジャマ姿ということが意外だった。
 被害に遭った女性たちはいずれも取り乱しており、犯人の服装の確認はとれていなかった。
 逸早く一一〇番通報した葉子にしても、影の着衣は記憶していない。
 確かに、パジャマが一つの盲点だった。
「あ、ちょっと」
 刑事はすれちがった入野を呼びとめたものの、それは入野に対する�誰何《すいか》�というよりも、だれか不審者を見かけなかったかという話しかけに過ぎなかった。
 もちろん、寒い季節の入野は、パジャマの上にコートを羽織っており、
『たばこを切らしたので、自動販売機へ買いに来た』
 というような口実を用意していたわけであるが、この夜の入野は、
「こう蒸し暑くては、とてもアパートなんかでは眠れませんや。ちょっと夜気にあたりに出てきたのですよ」
 刑事の質問にこたえて、ずばり、そう言った。
 これもまた、事前に考えてきた�説明�であった。
「しかし、戸外《そと》も風がなくて蒸し暑いですね。まったく、梅雨ってのはかなわない」
「いくら寝苦しいとはいえ、こんな真夜中に散歩とはね」
 刑事は、念のために、パジャマ男の住所氏名を尋ねた。
 入野は自分を隠さなかった。
 堂々と本名を名乗り、実際に住んでいるアパート名をこたえた。
 偽名を口にしなかったせいもあってか、このときの入野の態度は、あまり不審を感じさせなかった。
 もちろん、軍手も外している。
 刑事は、怪しい男を見かけたら通報して欲しい、と、逆に協力を依頼しかけたほどである。
(危ない、危ない。こんなところで捕まってたまるもんか)
 入野は、何気ない素振りで、その場を離れた。
 これまでの経験から言っても、今夜の犯行が、すでに発覚しているとは思えなかった。
 それだけに余裕もあった。
(あの女は、ベルトをほどこうとして、夢中になっている頃だろう)
 入野はいつの場合も、それほど強く締め上げないのを常とした。
(彼女、そろそろ自由を取り戻して、半べそでスカートを穿《は》いているところかもしれないな)
 と、そう考えると、征服欲を満たしたところからくる歪んだ快感が、入野の背筋を走った。
 新しいターゲットが見つかるまで、しばらくはじっとしていよう、とも思った。
 深夜の雨雲の下で、入野は、それと気付かれないように、歩調を速めた。
 二回路地を折れると、路地の先に外灯があり、自分の住むアパートが近付いた。
 その外灯の下へ来たときだった。
「待ちたまえ!」
 ふいに、背後に声を聞いた。
 びっくりして振り返ると、さっきの二人の私服の姿がそこにあった。
(尾行《つけ》られたのか)
 入野がそう考えるよりも一瞬速く、若手の巡査が行く手を遮るように前方に回り、ベテランが改めて話しかけてきた。
「ずいぶん遠くまで、涼みに出かけたようですな」
「え? ええ。あてもなく、ぼんやり歩いていただけですが」
 口調の上ずっていることが、自分で分かった。
 刑事の視線が、鋭く、自分の足元へ向けられているのを、入野は見た。
「夜半だから、パジャマ姿なのは分からぬでもありませんが、パジャマにスニーカーですか」
「ま、まさか、ぼくを疑っているわけではないでしょうね」
「パジャマの下が、えらくふくらんでいるようですな。何が入っているんです?」
 と、これは若手が言った。
 いったんは入野を放したものの、何か割り切れないものが残ったのは、刑事の本能でもあっただろうか。
 尾行は、ベテラン刑事の発案だった。
 そして、そっと入野を尾行《つけ》てきた二人は、判然としない不審が、一つの確信に変わるのを感じた。
 外灯に映し出された入野の表情の変化が、何よりも雄弁にそれを語っている。
 さっきは暗がりなので見落としたが、軍手を隠しているためにかさ張るポケットも不自然だ。
「近くの派出所まで、同行していただきましょうか」
「な、なぜですか! 寝苦しくて外に出たからって、それが罪になるのですか!」
「それではここで、そのパジャマの下を見せてもらおうか!」
 刑事の声が高くなった。
 入野は思わず左右を見回した。
 落ち着きを、完全に奪われているまなざしだった。
 
 入野克男が自供に追い込まれたのは、それから三十分と経たないうちであった。
 軍手と、葉子の部屋から持ち出したパンストなどが、動かぬ証拠となった。
 渋々と派出所に連行された入野は、葉子の逸早い通報が逮捕につながったことを知って、がっくり肩を落とした。
(畜生、何てことだ)
 そんなつもりはなかったけれども、届け出が遅れるだろうという入野のもくろみを狂わせた意味で、葉子もまた、入野を裏切った女の一人と言えるかもしれない。
 容疑は、もちろん、強盗と婦女暴行の二つであった。
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