十二月の空は、くっきりと、蒼く晴れ渡っていた。
午後の陽差しを浴びる姫路城は、蒼い空を背景として、その白い城壁をきれいに浮き立たせている。
美しさは、季節に関係なかった。
白鷺城と呼ばれるこの建物は、いつ、どこから眺めても見事だ。
その日、播州姫路の城下町には、強い北風が吹いていたけれども、五層の天守閣は、いつもと変わることのない落ち着きを見せている。
山陽本線姫路駅は、ちょうど城と向かい合う場所に位置している。
大手門から、大手前通りを一直線に一キロほど進むと、姫路駅だ。
駅の横手、北条町に、『カメルーン』という喫茶店があった。
雑居ビルの二階にある、目立たない喫茶店だった。
夜になるとバーに衣替えする『カメルーン』は、喫茶店というよりも、酒場のムードのほうが強かった。
壁の一方はカウンターになっており、カウンターに面して、高い衝立《ついたて》で区切られる、いくつかのボックスシートが並んでいる。
明るいうちは、いつも客足が少ない店だった。
その一番隅のボックスで、渋谷久男は、三宅圭子と向かい合っていた。
ここからも、窓ガラス越しに、巨大な姫路城の白い天守閣が見える。
渋谷と圭子の会話は、周囲にはほとんど聞こえない。
しかし、どう見ても、二人の取り合わせは妙だった。
渋谷は、見るからに、チンピラふうなのである。
額には剃りが入っているし、革ジャンパーの着方も、どこか崩れている。
対照的に圭子は、まじめなOLのおとなしさが、そのまま表面に出ている。
ふてぶてしい表情でラークをくゆらす渋谷の前で、圭子の白い横顔は、かすかにふるえているようでもあった。
(この怯《おび》えてるところが、たまらんな。このまま手放すには、惜しいスケやで)
渋谷の両の目に、何かを楽しむような、歪んだ光が宿っている。
圭子のほうは掌を握り締め、じっとうつむいたままだった。
最初から、コーヒーにも手をつけようとしない。
「いつまでも黙ってばかりいたら、分からんやないか」
渋谷はたばこをもみ消すと立ち上がって、圭子のシートに並んで座り直した。
圭子は本能的に身構え、ミニスカートからのぞく格好のいいひざを硬くした。
渋谷は、無遠慮に、ミニスカートへ目を向けてつづける。
「何度も言ったように、オレとおまえは、もう他人やないんやで」
「お願いです、定期入れを、あたしの定期入れを返してください」
「ああ、もちろん返してやる。定期を返すために、こうして、おまえを電話で呼び出したのや」
だが、これからも、ずっとつきあってくれると約束しなければ駄目だ、と、渋谷は繰り返した。
「ほかのことなら何でもします。ですから、それだけは」
「何でもする?」
渋谷の口元に、歪んだ笑みが浮かんだ。
「ほな、この身分証明書と定期券を、百万円で買い戻してもらおうか」
「百万?」
「こういう話は、即金でなければ駄目だ。ローンってわけにはいかないぜ」
「そんな大金、あたしなんかが持ち合わせているはずもないでしょう」
「じゃ、どないする?」
渋谷はねちねちと迫ってくる。
「こうなったら、しゃあない。この間の網干《あぼし》にドライブした一件を、おまえの会社の連中に、バラすくらいのことは、させてもらわなあかんな」
「そんな。もう許してください」
「そうはいかん」
渋谷は新しいラークに火をつけた。
「おまえがどんな格好をして、オレに抱かれたか、詳しく、会社の連中にしゃべってやるで」
「あたし、警察へ行きます」
圭子がいまにも泣きそうな声になると、渋谷は火をつけた矢先のたばこを消した。
「サツか。それもええやろ。だがな、裁判沙汰になって恥をかくのはオレじゃない、おまえのほうやで」
渋谷は声を落とした。
そして、横座りのまま、圭子のミニスカートに手を伸ばしてきた。
高い衝立で仕切られているので、店の従業員は、渋谷の行為に気付いていない。
いや、気が付いたとしても、干渉しない雰囲気が、この店にはあった。
渋谷は、それを承知していればこそ、女たちとの話し合いの場として、昼間は客足の少ないこの『カメルーン』を、いつも利用してきたのである。
いまの低い会話からも想像できるように、この場合の�女たち�というのは、渋谷が、自ら犯した相手だった。
乗用車を使って、ことば巧みに、若いOLをハントする。
強引に関係を持つと、身分証明書などを取り上げ、後日、それをネタにじっくりと威《おど》しにかかる。
それが、彼ら、渋谷久男とその仲間である西田長治の、常套手段だった。
大概は、なにがしかの現金でケリをつけるが、ときにはいまの圭子に対するように、さらに、その肉体を求めようとすることがあった。
(これだけの体は、そうざらにあるものじゃない。もう一度、たっぷりと味わわせてもらわなけりゃ)
今日の渋谷は、最初からそのつもりで、圭子を呼び出したのだった。
「な、ええやろ」
渋谷は慣れた仕ぐさで、スカートのファスナーを外すと、そこに、長い指先を忍び込ませた。
「あ」
圭子は、思わず上半身を折り曲げようとしたが、
「いいじゃないか」
渋谷の力は、それを許さなかった。
長い指先は、スカートの裏側でスリップをめくり、下のものに触れてきた。
「そないに、心配することはあらへん。いくらオレだって、こんな喫茶店の中では何もでけへんわ。ちょっとばかし、楽しませてもらうだけや」
渋谷は、完全に、圭子の人格を無視していた。
すでに、半年にもわたって、こうして若い女性を辱《はずかし》めてきた自信が、そうさせるのであろうか。
(このスケも、結局は言いなりになって、泣き寝入りするだけや)
渋谷は不敵な微笑さえ見せて、さらに、圭子の奥深いところを探ろうとする。