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湖畔の殺人7-1

时间: 2019-04-26    进入日语论坛
核心提示:   1 雪は一日中降りつづき、夜になって上がった。 雪明かりの町に、よわい北風が吹いている。 降雪は、それほどでもなか
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 雪は一日中降りつづき、夜になって上がった。
 雪明かりの町に、よわい北風が吹いている。
 降雪は、それほどでもなかった。
 東京都八王子市内のブティックに勤めている河田美也子は、横浜線の電車で、淵野辺駅へ戻ってきた。
 淵野辺駅からは、神奈中バスを利用して、神奈川県相模原市の自宅へ帰るのだが、これが、大体午後七時過ぎである。
 美也子の家は、建てられてから何年にもなる、古い県営住宅だった。
 国道16号線を横断して、バスで十分ほどの距離だった。
 歩いても、三十分とはかからない。
 時間が早いときとか、バスがなかなかこないような場合には、大通りを歩いて帰宅することもあった。
 二月になって間もないその夜、美也子が淵野辺駅の改札口を出たのは、いつもと同じように、午後七時をちょっと回った頃である。
 駅前はまだにぎわいを見せているし、それほど遅い時刻ではない。
(歩いたほうが早いかナ)
 美也子はポシェットを持ち換え、バスを待つ長い行列を見やった。
 雪のために、バスのダイヤが乱れていることは一目で分かった。
 月曜日だし、いつもはこんなに込み合う時間ではなかった。
 駅前の舗道は、自動車の通行に困難なほどの積雪ではなかったわけだが、美也子が乗るバスは、バスターミナルを出て国道16号線を過ぎると、上溝から峠道を越えて、相模川べりの田名へと通じているのである。
 ちょっとしたことでも、すぐに発着が遅れる路線だった。
 美也子と同じように、バスを待とうかどうか、ためらっている何人かがいた。
 そして、その何人かが、次々と歩き始めると、美也子も誘われるようにして、混雑するバス乗り場に背を向けた。
 美也子は、二十一歳の誕生日を迎えた矢先だった。
 
 その美也子の、すんなりした後ろ姿に目を向けて、くわえていたたばこを、足元に吐き捨てた男がいる。
「ほう、なかなかええ女やないか。ええ体をしとる」
 男のつぶやきには、アルコールの匂いが混ざっていた。
 この辺りではあまり耳にすることのない、関西弁である。
 バスの行列から少し離れた場所で、たばこをくゆらしていたこの男は、頬がこけた長身だった。
 やせた横顔が、病的とも言えるほどに蒼白かった。
 男はさっきから一個所にたたずみ、上り下りの電車から降りてくる若い女性、一人一人に、視線を投げかけていたのである。
「女を見るのは、久し振りやな。ほんまに、女子《おなご》はええ」
 しかし、顔色の悪い男がそんなつぶやきを繰り返していたのは、もちろん、だれも知らないことだった。
 勤め人たちは、だれもが、家に帰ることだけを急いでいる。
 目的もないかのように、目ばかりぎらぎらさせている長身に、注意を向ける余裕などあるわけもなかった。
 男は、相当にくたびれたダスターコートを着ている。
「駄目で、元々やないか。どうせ今夜のねぐらも、まだ決まってはいないんだ」
 コートのポケットに両手を突っ込むと、男も駅前を離れた。
 両の目は、間断なく、美也子の後ろ姿をとらえている。
 男は、美也子と同じ速度で、商店街を歩き始めた。
 最近はベッドタウンとして栄え、次々と分譲マンションなどが建っているけれど、やはり郊外の町である。
 商店街と言っても、それほどの奥行きはなかった。
 やがて美也子は家具店の先を左に折れ、横浜線沿いの細い道に出た。
 周囲の明かりは徐々に遠のき、道端には、北風に吹かれる積雪が目立ち始める。
「ほう、この女、何ともお誂《あつら》え向きな場所を歩いてくれるやないか」
 アルコール臭い男は、頬を過《よぎ》る北風を忘れていた。
 男の神経のすべては、美也子の後ろ姿に集中されている。
 美也子は、モスグリーンのハーフコートを着ていた。
 背は、それほど高くはないが、コートの下からのぞく、形のいい白い脚が、男の内面に、歪んだ想像を運んでくる。
「何せ、一年振りやからな。何ぼ飲んだかて、酒だけでは駄目や」
 と、男はつぶやきをつづける。
 つぶやきが、だれかに話しかける口調なのは、男の癖だった。
 男は「独りの時間」に慣れ過ぎていた。
 細い道が緩《ゆる》い下りになると、無人踏切だった。
 踏切を渡ると、外灯もぐっと少なくなる。
 人家はつづいているのだが、雪の夜のせいか、どこも早々と雨戸を下ろしている。
 美也子は近道をして、途中で右手の路地に折れた。
 人気《ひとけ》は少ないが、人家が途絶えているわけではなかった。
 美也子に特別な不安感はなかった。
 ふいに、
「もしもし」
 と呼びかける男の声を聞いたのは、長いブロック塀の近くに来たときだった。
 背後の足音に気付いて、思わず立ちどまると、相手の影が、美也子の前へ回ってきた。
「えろう、すんまへん。お願いがあるんやけど」
 と、男は言った。
 外灯の下で見る身なりは薄汚れているけれども、男の話し方に、それほど粗野な感じはなかった。
「何かしら」
 美也子はいつもそうするように、微笑を浮かべて、ことばを返していた。
 それがいけなかった。
(よっしゃ。返事をしてくれば、もうこっちのものやで)
 男は胸の奥で、赤い舌を出した。
 男は、表情の変化を、雪明かりから隠すようにしてつづける。
「実は、ぼくの家は、すぐこの先なんやが、雪で自転車がはまり、動きがとれなくて困ってるんや。荷物下ろすのを、手伝ってもらえんやろか」
 無論、口から出まかせだ。
 美也子も、一瞬、妙だとは思った。
 自転車が動けなくなるほどの降雪ではなかったし、荷物を下ろす手伝いというのも、唐突である。
 しかし、急に話しかけられたことで、美也子が戸惑っていると、
「お願いします」
 男は一方的に言った。
 男は、美也子の帰路に当たっているこの路地を出たところに、建築中のマンションがあることを知っていた。
 外装と窓の部分を残して、ほとんど完成に近いマンションである。
 その鉄骨の四階建てが、男の注意を惹いたのは、午後、まだ雪が降っている最中であった。
 古い仲間に冷たく突き放されて、雪が降る道を引き返すとき、男は完成間近の、その無人のビルを見た。
(建築中のビルと、一人歩きの女。注文どおりやないか)
 長身の男はダスターコートのえりを立てると、美也子と肩を並べるようにして、雪明かりの道を歩き出した。
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