二時間二十七分の所要時間で、谷田実憲《たにだじつけん》夫婦を乗せた�ひかり201号�の京都着は、予定どおり、十三時四十八分だった。
十一月二十五日。
土曜日の午後。それも雲一つない秋晴れとあって、京都駅構内も観光デパートも、相当な人込みだった。
谷田夫婦と同じように、一目で観光客と分かる男女も多い。
しかし、京都の紅葉は遅れているようだった。秋の冷え込みが、少なかったためだろう。
十一月中旬を過ぎても、紅葉はいつもほどの彩りを見せていないという、観光案内所の説明だった。
「オレみたいな男が、柄にもなく、紅葉《もみじ》狩りなど思い立ったせいかな」
谷田は烏丸《からすま》口のタクシー乗り場で、妻の郁恵《いくえ》に話しかけた。タクシー乗り場には、二十人ほどの列ができていた。
二泊の予約は、五条堀川《ごじようほりかわ》通りの『京都東急ホテル』だった。
今日は谷田が夜勤明けということもあって、ホテルでのんびり過ごし、紅葉見物は明日の予定になっている。
「紅葉が遅れているといっても、寺社めぐりは素晴らしいと思うわ」
郁恵は楽しそうだった。
谷田は背が高く、肩幅の広い男だが、郁恵は小柄だった。何かというと、大声でしゃべる夫に比べて、妻は、静かな笑《え》みを絶やさない、控え目なタイプだ。
そんな夫婦が、誘い合って新幹線に乗ったのは何年振りだろう。
横浜の住宅団地に住む三十五歳の夫と、三十三歳の妻。夫婦の間には、子供がいない。
二人暮らしなのだから、一、二泊の旅行ぐらい、いつでも簡単にできそうなものだが、第一線の社会部記者ともなると、事前の計画が、容易に立てられなかった。
『毎朝日報』横浜支局に配属されて数年。現在は神奈川県警記者クラブに、キャップとして詰めているだけに、事件発生ともなれば、日曜日でも呼び出されるのである。昨夜のような当直も、月に一度は、こなさなければならない。
さっき、記者クラブでのバトンタッチのとき、
『たっぷり奥さん孝行してきてくださいよ。京都ではポケットベルも役立たずですからね』
にやにや笑いながら話しかけてきたのは、サブキャップだ。
『分かりましたよ』
谷田も笑顔でこたえたものだ。
『京都の地酒に酔っ払っても、連絡電話だけは忘れないようにしましょ』
谷田は横浜支局から新横浜駅へ直行し、下りホームで郁恵と待ち合わせた。
そして、京都に二泊するとはいえ、二十七日の月曜日は、午後一時までに、記者クラブへ入る手筈《てはず》になっているのである。これまた旅先からの直行であり、(谷田の性格にもよろうが)年休をまとめてとるなんてことは、皆無に近かった。
郁恵は、そうした夫を、
「仕様がないわよね、好きでなった社会部記者だから」
親しい相手にのみ示す笑顔で、是認《ぜにん》している。
でも、今回だけは、ポケットベルを忘れた二日間でありたかった。