タクシー待ちの行列はできているけれど、車の流れはスムーズだった。初老の誘導員が、手際よく、乗車を指示していく。
間もなく、谷田夫婦の乗車順がきた。
そのときだった、夫婦の前へ、唐突に女が現われた。
谷田と郁恵がタクシーに乗ろうとして、車道へ出たとき、髪の長い女が、ふいに、タクシー待ちの列の中へ、割り込んできたのである。
三十過ぎの、ほっそりした美人だった。カーキ色のジャケットに、黒革《くろかわ》のミニスカートが似合うプロポーションだった。
スカートと同じ感じの、黒革のショルダーバッグを肩にした女は、化粧も派手ではないし、目元が涼しかった。
割り込みをするような、非常識な人間には見えない。谷田がそう感じたとき、
「あ、ごめんなさい」
色白の美女ははっと自分の行為に気付いたのか、谷田夫婦と誘導員に向かって頭を下げていた。
「前後の見境もないほど慌《あわ》てていたのかしら」
「よっぽど急ぎの用事でもあるのか」
谷田と郁恵はタクシーのシートに腰を下ろし、窓ガラス越しに女を見た。
「それとも彼女、我を忘れるほどのアクシデントに見舞われたのかな」
と、つづける谷田の感想は、新聞記者のものだった。
髪の長い女は、タクシー待ちの一人一人に頭を下げるようにして、列の一番後ろへ並んだ。