ロビーを挟《はさ》んで、フロントの反対側が人工池になっている。
いったん七階のツインルームに案内された谷田と郁恵は、一息入れてからエレベーターでロビーフロアーに下りた。
久し振りの旅なので、明日は観光タクシーを奮発することにした。その打ち合わせのため、ベルボーイに会った。
行く先の希望が特にないことを告げると、
「例年ほどでないとはいえ、高尾《たかお》の紅葉ならご満足いただけると思います。嵯峨野《さがの》の散策もよろしいでしょう」
ベルボーイは、洛西《らくせい》を勧めた。
「そうですわね。細かい点は、タクシーに乗ってから、運転手さんに相談してみますわ」
郁恵がうなずいた。
ボーイはその場で、タクシーの手配をしてくれた。
小型車なので、八時間乗って二万三千円。タクシーは翌朝八時に、ホテルへ迎えにきてくれることになった。
そうした手配を終えて、ベルボーイのコーナーを離れようとすると、いつの間にか、背後に女が立っていた。
それが、タクシー乗り場で、前後の見境もなく列に割り込もうとした、あの女だ。
「あら?」
女のほうでも、谷田夫婦に気付いた。
彼女も、ここのホテルに、予約をとってあったのか。
「先ほどは、大変失礼いたしました」
女は一礼し、きまりが悪そうな顔をした。
そして女は、谷田夫婦と入れ代わって、ベルボーイの前に立った。彼女の目的も、観光タクシーの相談だった。
谷田と郁恵は、噴水のある池を一回りして、同じフロアーのティーラウンジに寄った。
やがて、髪の長い女の、すらりとした後ろ姿が、エスカレーターを上がって行くのが見えた。
「あの人、これから市内観光をするのかしら」
「だれかとデートの約束でもあって、あんなに慌てていたのかな」
ティーラウンジの谷田と郁恵は、女の後ろ姿に目を向けて、そんなことを話し合った。