山岡部長刑事と原刑事を乗せた急行�津軽�は、朝五時五十四分、上野《うえの》駅14番線ホームに滑り込んだ。
ようやく夜が明けて、大都会は活動を始めたところだった。
東京の空も、東北同様によく晴れており、寒い朝だった。寒く感じるのは、寝不足なせいもあるだろう。
「主任、腹が減りました」
若い原は、ぐっすり眠ってきただけに、ベテランと違って元気だった。
遠来の刑事は、ぶらりとコンコースを出てみた。上野駅も、駅周辺も、すでに人の動きが相当に目立ち始めている。
東北の小都市、横手とは違う、首都の朝が、そこにあった。
山岡も原も、東京には詳しくない。
ぶらぶら歩いて行くと、アメ横近くのガード下に、店を開けている大衆食堂があった。店内では、タクシー運転手など、何人もの客が食事をとっている。
二人はのれんをくぐって定食を注文し、改めて、東京都の区分地図帳を広げた。
焦点は、『松葉不動産』にメモされていた住所だ。そこから輪を広げて、一軒ずつ歯科医院を当たる。
山岡は署長の一言をヒントにして、
(当てずっぽうに、うその住所を口にできるものではない)
と、考えたが、いざ、こうして東京の土を踏んでみると、漠然とした不安を感じないでもなかった。
「千葉和郎」は偽名でも、殺された男が実際に足立区西新井に住んでいたのであれば、かかっていた歯科医院が、西新井周辺の可能性は十分考えられる。
だが、これが、(当て推量でないにしても)知人の住所などを咄嗟に流用したのだとしたら、そこから歯科医院は浮かんでこない。
朝の定食は、すぐに、テーブルに届いた。焼き魚と焼きのりの他に、納豆とみそ汁がついているのを見て、『藤森アパート』に食べ残されてあった食事が山岡の胸にきた。
若手は食欲|旺盛《おうせい》だった。
「主任、めしはやはり秋田のほうがうまいですね」
そんなことを言いながらも、どんぶりをお代わりしている。
寝不足なベテランは、半分食べたところで、はしを置いた。