通勤ラッシュの始まる時間だが、都心へ向かうのとは逆行なので、電車はそれほど込んでいなかった。
医院はまだ開いていないが、当たりだけはつけておくことにした。
西新井駅の近くに、下町を管轄する足立署があった。
山岡と原は、短い石段を上がって足立署に立ち寄ると、身分と目的を告げて、歯科医の所在地を尋ねた。
「千葉」が口にした住所の周辺には、四軒の歯科医院のあることが分かった。
山岡と原は、朝の町へ戻った。
いかにも下町ふうな、入り組んだ路地が多い一角だった。秋田の穀倉地帯からきた二人にとっては、通りを歩いているだけで、疲れてくる。
人の往来も多ければ、車の流れも次第に激しくなってくる。
昔ながらの家並みの中に、新しいマンションがあり、モルタル二階建ての古いアパートの隣に、町工場があったりした。
問題の住所は環七通りの傍《そば》だった。プレハブ建設会社の倉庫があった。割りに広く敷地をとっている倉庫の向かい側に、足立署で聞いてきた四軒の中の一軒があった。
この歯科医院は、看板は新しいが建物は古かった。
「ここから聞き込むのが順序だな」
山岡は、原を振り返った。
診療時間は、午前九時よりと記されている。
二人の刑事は、近くの小学校の前にたたずんで、十五分あまりをつぶすと、九時きっかりに、歯科医院のドアを開けた。