神奈川サイドでは、捜査一課の課長補佐、淡路《あわじ》警部が窓口になった。
淡路警部は、このところ他府県警との捜査共助の仕事がつづいているので、まずは適任といえる。
「秋田の殺人事件《ころし》が、神奈川へ飛び火だ」
淡路は、一課長からの指示を受けて机に戻ると、要点を部下に説明した。
「間もなく、横手の部長刑事《でかちよう》さんたちが、横浜へ到着する。その前に、ホクエツに電話だけでもかけておいてもらおうか」
と、簡単な打ち合わせをしているところへ、独特な臭覚を利《き》かせたか、ぶらっと捜査一課に入ってきたのが、『毎朝日報』の谷田実憲だった。
淡路と谷田は、捜査一課の課長補佐と、記者クラブのキャップの域を越える、親しい交際を持っている。いわば「つうかあ」の仲だ。
淡路は、記者会見では未発表の情報を、谷田に対してオフレコで口にしたことが少なくないし、谷田のほうからは、横浜が絡んだ殺人事件の、アリバイ崩しの発見を、後輩のルポライター浦上伸介とともに何度も提供している、と、そういう昵懇《じつこん》の間柄だった。
五日前の谷田の京都旅行の折も、警部は、みやげの、すぐきの樽詰めをもらっている。
しかし、たとえオフレコにしろ、どう発展するか知れない他県の事件《やま》を、いま、口外するわけにはいかない。
「警部、何か変ですね。匂《にお》いますよ」
谷田は、慌ててメモを片付ける淡路に向かって、微笑《ほほえ》みかけてきた。
すると、警部は特徴のあるギョロリとした目を向けて、
「それよか、奥さんと蜜月旅行の京都の話を、じっくり伺わなければなりませんな」
話題を変えた。
「紅葉《もみじ》狩りで出会ったという美女の話も詳しく伺いたいし、そのうち、一杯やりますか」
「古女房とハネムーンもないでしょう。警部は、おとぼけがお上手《じようず》ではありませんね」
谷田は見逃さないぞ、というように、メモを片付けた引き出しに目を向けた。
だが、この場は、当然なことに、それまでだった。