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寝台急行銀河の殺意4-10

时间: 2019-04-26    进入日语论坛
核心提示: 翌十二月五日、火曜日。 浦上伸介の寝覚めは、快調だった。地酒に酔ってぐっすり眠ったことで、昨日の疲労はきれいに消えてい
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 翌十二月五日、火曜日。
 浦上伸介の寝覚めは、快調だった。地酒に酔ってぐっすり眠ったことで、昨日の疲労はきれいに消えている。
 浦上は、レストランラウンジで、コーヒーを一杯だけ飲んで、ホテルをチェックアウトした。
 秋田駅の構内で、朝刊と一緒に、わっぱ舞茸《まいたけ》弁当と、二本の缶ビールを買った。
 乗車したのは、秋田発八時二十二分の特急�白鳥《はくちよう》�である。早朝の青森を出発して、夕方大阪へ着く九両連結の�白鳥�は、ほぼ満席だった。
 浦上の目的地、新潟到着は十二時八分となる。
 最初の停車駅、羽後本荘《うごほんじよう》を発車したところで、浦上は缶ビールを開け、舞茸弁当を食べた。秋田の米がうまい。
 奥羽本線と同様、田圃《たんぼ》の多い沿線だった。広い枯れ田の向こうに、海が見えてきた。
 西目《にしめ》を過ぎると、車窓右手にずっと日本海がつづき、海は鉄路に接近してくる。
 海岸沿いは国道7号線となっているが、往来する自動車の数は少なかった。
 飽くまでも、静かな風景だった。空が穏やかに晴れているせいか、冬の海も荒れてはいない。しかし、荒波は見えないが、どこかに暗さを感じさせる沖合だった。
 浦上は朝食を終えて、朝刊を広げたが、めぼしい記事はなかった。
 浦上は日本海に目を向けて、キャスターをくゆらし、それから取材帳を取り出した。
 乱暴な筆致ながら、しっかりと書きとめてあるのが、会員制ビジネスホテル『シャルム新潟』であり、三十四歳のマネージャー、千葉国彦の名前だった。
『元夫婦ってのが気に入《い》らない』
 谷田実憲の、昨夕の電話の声が、よみがえってくる。
 浦上も同感だ。
 アリバイがあいまいならば、この千葉という男が、一気に浮上してくるかもしれない。
 谷田は昨夕の電話で、
『刑事《でか》さんたちは、いま、女に会いに行っている』
 と、言ったが、横手北署の山岡部長刑事たちは、昨夜のうちに、女から何かを引き出しただろうか。
 谷田は今朝、当然早目に記者クラブへ出て、他社に気付かれないよう、淡路警部にアタックしているはずだ。
�白鳥�の新潟到着が十二時八分。昼休みに入った時間なので、浦上は新潟駅へ降りた時点で、横浜へ連絡電話を入れる心づもりだった。
 しかし、刑事たちが女を当たった結果がどう出ようとも、
「別れた夫婦が陰で手を組んでの、一億四千万円乗っ取りのドラマか」
 浦上は、隣席の乗客に気付かれないていどの小声でつぶやいていた。
 女が、結婚願望の強い真面目《まじめ》サラリーマンを色気で誘い、大金を確保したところで、影の男が決着をつける。
 自然に考えられる図式が、それだ。
 昨年七月の一千万円に始まる、昨年十一月まで三回の一時流用は、確かに、その後の大金に的を絞ってのトレーニング的なものだっただろう。
 浦上と谷田の趣味である将棋に例をとれば、それは、捌《さば》きに入る前の、序盤戦の駒組みということになろうか。
 中盤戦は、すなわち一億四千万円の奪取であり、終盤戦の白井殺害で、黒い一局は収束を迎えたわけである。
 女が、自由に白井を操った口実の一つは、裏金利か。
 法定限度利息は一日当たり○・一五パーセントだが、女はそれをはるかに上回る、日歩四〜五パーセント辺りを、提示したかもしれない。
 架空の浮き貸し相手は、いくらでも、でっち上げられるだろう。
 当時、首都圏では、地上げが過熱していたときだ。身内が不動産屋をしている。十日間だけ融資してくれないか、と、女は白井に持ちかけたかもしれない。
 ギャンブル好きな白井だけに、高金利も、確かに誘いの水となったであろうが、女の依頼なので、首を横に振れなかったのではないか。
 白井は、異性との交際がなかった男だ。ある日目の前に現われた三十代の色っぽい美女によって、白井は物を見る目を奪われてしまったのに違いない。
「最初は、恐る恐る、会社の口座から一千万円を流用したが、約束どおり、七月十九日までに返金されたので、白井は女を信用し、次第に深間へはまっていったか」
 浦上は自分に問いかけるようにつぶやく。
『今度は、どうしても、一億円以上のまとまった現金が必要なの。何とかならないかしら』
 女は、あるいは町田の『ニューバレル』で、食事をしながら、粘ったことだろう。
 そして、まとまった大金を、流用できるときがきた。
「そこで、殺意が表面化する」
 分かってきたぞ、と、浦上は思った。
 分かってきたのは、白井の潜伏場所として、横手の人目に立たないアパートが設定されたことであり、殺人後、何日かが過ぎてから、『藤森アパート』の家主へ、
『すみませんが、千葉さんを呼んでくれませんか』
 と、男の電話が入ったことの意味だ。
 白井が「千葉」の偽名で入居していたことを知っていた男。家主に呼び出しを頼んでおいて電話を切ってしまった男は、もちろん、白井の死を承知していたはずだ。
 死者に呼び出しの電話をかけてきた真意は何か。
 それは、毒殺された白井保雄のギャンブル仲間、本島高義を犯人と擬していた時点で、谷田とも話し合った疑問だが、
「簡単なことじゃないか」
 浦上は二本目の缶ビールを開けた。
 いつの間にか、羽越本線は海沿いを離れ、山形県に入っていた。
 特急列車は、遊佐《ゆざ》、酒田《さかた》と停車していく。
 浦上は、もはや沿線の風景をとらえてはいなかった。
 十一月三十日、午後七時近く、『藤森アパート』の家主にかかってきた男の電話が、事件発覚の端緒になったのだ。
 浦上は改めて、それを考え、
「あれは、死体が、一ヵ月契約の部屋に転がっていることの通知だったのだな」
 と、思った。
 では、なぜ、(殺害翌日ではなく)凶行後数日を経過してからの電話であったのか。
 分かってきたぞ、と、浦上が確信を抱く眼目がそれだった。
 真犯人《ほんぼし》がだれであるにしろ、毒殺事件発生を伝えてきたに違いないあの電話は、十二分な計算の上に立ってのものだ。浦上の新発見の一つが、�死亡推定時刻�だった。
 殺人直後の司法解剖、なんてことになれば、ほとんど正確な死亡時刻が出てしまう。と、いって、いつまでも死体が発見されないのでは、死亡推定時刻に、大きな幅が生じる。
 現段階でも、十一月二十五日午前〜二十六日午前、と、二十四時間の開きが現われているではないか。
 ほとんど正確な死亡時刻が打ち出されるのを嫌ったのは、真犯人《ほんぼし》のアリバイ工作のためだろう。
 そう、死亡時刻が完全に特定されてくると、せっかくの現場不在証明が、消えてしまうのに違いない。
 そして、また、死亡推定時刻に大きな誤差があっても困るのは、ある人間を、被疑者に当て嵌《は》めるためであっただろう。死亡時刻が、あまり曖昧《あいまい》だと、犯人に設定した人間が、容疑圏から遠のいてしまう。
 すると、二十四時間の幅を持つ死亡推定時刻は、微妙で、かつ大きな意味を持ってくることになる。
「嵌《は》められた人間が、横手出身の本島か」
 女がすべてのお膳《ぜん》立てをしたのであれば、白井を通して、本島のことは十分に調べ上げてあるだろう、と、そっと声に出す浦上のつぶやきが、さっきよりも、ずっと引き締まったものになっている。仮説の構築に、手応えを感じてきた証拠だった。
 特急は最上《もがみ》川の鉄橋を渡り、余目《あまるめ》、鶴岡《つるおか》と過ぎた。
 浦上は、車中での発見を、取材帳に書きとめる。
 本島は、女から電話で請《こ》われたとおりに、十一月二十五、二十六の両日、故郷の横手へ帰った。
 その本島の足取りが確認されて、黒い計画は具体化したが、本島の帰郷がなければ、白井の毒殺死体は、自然に発見されるまで放置するつもりだったのだろうか。
 その場合は、白井が身元不明者として埋葬されることを、祈るしかないわけだ。いや、�身元不明�で処理されることが、犯人サイドの、当初のもくろみであっただろう。
「千葉」と名乗って『藤森アパート』に入居した白井が、身分を明かすものを何一つ所持していなかったことからも、それは窺え《うかが》る。しかし、犯人にとって、白井の身元を隠しおおせることは大きな賭《か》けだった。
 事実、捜査陣は、死者の歯形から、白井を割り出しているのである。
 完全を期すためには、実行犯のアリバイを確立し、なおかつ、擬装犯人を用意しておくことだ。
「犯人《ほし》は、随分と周到な性格だな」
 浦上はつぶやき、
「別れた夫婦の、どっちが立案者なんだ?」
 缶ビールを飲み干した。新発田《しばた》だった。
 そうして、ふっと顔を上げると、沿線は人家が目立つようになっていた。
 新発田駅のホームには、自由席に乗る人たちの行列ができている。
 新発田を発車すると、特急�白鳥�は、二十一分で新潟に着いた。
 浦上は小走りに列車を降り、構内のカード電話で、横浜へかけた。
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