問題の絵はがきを一目見るなり断定したのは、白井の直接の上司に当たる経理課長であり、居合わせた同僚社員三人も、筆跡が、白井のものであることを認めた。
「白井は、いったん京都へ逃げたということですか。一億四千万円は、京都のどこかにあるのでしょうか」
経理課長の横顔が、神経質に震えた。
「この絵はがきは、ぼくのほうから捜査一課へ届けておきます。新しい事実が判明したら、警察から連絡があるでしょう」
谷田はそう言い残して、『ホクエツ』を後にした。
師走の町は夕暮れが早い。
谷田は、葉を落とした街路樹の下を大またで歩きながら、白井の京都行きの目的を考え、
「白井が二十五日の昼過ぎまで、京都で生存していたとなると、死亡推定時刻は狭められてくるか」
だれかに話しかけるようにつぶやいていた。話しかける対象は、浦上だったかもしれない。浦上はいま、上越新幹線で、上野へ帰ってくる途中だ。
それにしても、妙なことになってきた。白井は京都で絵はがきを投函し、それから真っすぐ横手へ戻ったというわけか。何のための、慌ただしい京都行きだったのか。
ともあれ、同じ二十五日、美穂子もまた京都入りしているのである。『ホクエツ』の経理課長が口にしかけたように、京都に、一億四千万円の接点があるのだろうか。
谷田は、日本《にほん》大通りのいちょう並木の下を急いで、県警本部へ帰った。
夕方の記者クラブは、各社とも忙し気な動きを見せている。
だが、大きい事件《やま》が生じている気配はなかった。
谷田は各社のコーナーにさり気なく目を向けながら、『毎朝日報』のコーナーに、入った。
サブキャップと、美穂子を隠し撮りした若手記者が、谷田を待ち兼ねていた。
「キャップ、横手から返事が届いています」
サブキャップが、通信部から電話が入ったことを、他社に気付かれないような小声で、伝えた。
横浜支局には、自動現像機と自動プリント機が配備されているので、未現像のフィルムが、数分間で写真に仕上がってしまう。
隠し撮りした美穂子の写真は、谷田が美穂子と喫茶店で話し合っている間に、ファックスで横手通信部へ送信された。
通信部の記者は、すぐに行動を起こしてくれた。
その結果、十月中旬に、『藤森アパート』を下見した湯沢の美女は、篠田美穂子であるという証言が返ってきた。
「キャップ、松葉不動産の主人も、アパートの持ち主である老夫婦も、確かに、この写真の女性に間違いないと、口をそろえて肯定しているそうです」
報告するサブキャップは、興奮を隠せなかった。『毎朝日報』のみの、スクープなのである。
「よし、慎重にいこう」
谷田は大きくうなずき、浦上がまだ帰宅していないのを承知で、東京・中目黒の『セントラルマンション』へ電話をかけた。
谷田は、留守番電話に向かって、低音で言った。
「おい、篠田美穂子が現われたぞ。彼女が、十月中旬、松葉不動産へ立ち寄ったベレー帽サングラスの美女である証言《うら》も取った。新潟から戻り次第、電話をくれ」
谷田は、それから問題の絵はがきを手にして、そっと記者クラブを抜けた。捜査一課に、淡路警部を訪ねるためだった。