そして、その待ち時間を利用して、美穂子が入居する『コーポ羽沢』、白井が住んでいた大和市の『和泉マンション』、美穂子と白井がデートに利用していた町田市のレストラン『ニューバレル』などの撮影と取材を終えた。
町田から横浜線で関内駅へ戻り、頃合を計って、記者クラブの谷田に電話を入れたのが、午後五時過ぎである。
「先輩、朝刊のスクープは決定しましたか」
祝杯を前提に尋ねてみたが、
「とんでもない。美穂子は留置もされずに、マンションへ帰ったよ」
谷田の声は、さっきと違って、抑揚《よくよう》を欠いている。
篠田美穂子は最寄りの二俣川署へ呼ばれ、改めて、時間をかけて事情を聞かれたものの、即、逮捕状の請求とはいかなかった。
捜査陣と美穂子の間を大きく遮《さえぎ》ったのが、時間という名の壁だった。浦上が昨日、秋田から新潟へ向かう特急�白鳥�の車中で予感した、アリバイの壁である。
浦上は、だれが真犯人《ほんぼし》であるにしろ、
『この事件《やま》は、アリバイ崩しに手をやく予感がします』
と、新潟からの昨日の電話で、谷田に伝えている。
だが、真犯人《ほんぼし》が美穂子と特定されると、現場不在の証明も、複雑になってくる。京都の証人が、ほかでもない谷田夫婦なのである。
谷田は力の抜けた声で言った。
「オレ、今日はもう記者クラブを出るよ」
「どこで飲みますか」
「本当は、淡路警部を引っ張り出したいんだが、そうもいかんだろうな」
ともかく、もう一度捜査一課を覗《のぞ》いてくる、と谷田はつづけ、伊勢佐木町裏のバーを指定してきた。
浦上も、かつて一度だけ同行したことがある『さち』という店だった。