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寝台急行銀河の殺意8-5

时间: 2019-04-26    进入日语论坛
核心提示: 翌十二月八日、金曜日。 浦上伸介が、竹下正代の自宅へ電話を入れたのは、午前十一時過ぎだった。浦上は、白井保雄の一億四千
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 翌十二月八日、金曜日。
 浦上伸介が、竹下正代の自宅へ電話を入れたのは、午前十一時過ぎだった。浦上は、白井保雄の一億四千万円横領事件を、取材の口実とした。
 すると、正代は、
「午後三時半に、神田駅の周辺でどうでしょうか」
 はきはきした声を返してきた。
 谷田実憲が、篠田美穂子から聞き出していたように、週末、金、土の二日間、正代は神田駅ガード下のスナックで、バイトをしているのである。出勤前なら、時間をあけられる、と、正代はこたえた。
 神田駅は、浦上にとっても都合がいい。『週刊広場』編集部から、徒歩十分ほどだ。
「では、三時半に小鍛冶《こかじ》でお待ちします」
 浦上が指定したのは、神田駅近くで、古くから栄えている洋菓子店だった。
 浦上は、午後、いったん編集部へ顔を出し、早目に『小鍛冶』へ行った。
 浦上は、葉を落とした街路樹が見える、舗道際のテーブルに腰を下ろした。そうして、レモンティーを注文したところへ、ショートカットで、パンツスーツの女性が入ってきた。
 視線が合って、双方で軽く会釈を交わした。竹下正代だった。
 浦上は、篠田美穂子に関しては、写真でしか知らないが、正代も、三十四歳という年齢よりは若く見える。
 浦上と同じようにレモンティーを注文すると、
「美穂子、警察に調べられたって、電話をかけてきましたわ」
 正代のほうから、切り出した。
 正代と美穂子は、寝台急行�銀河�の慌ただしい一件以来、顔を合わせていない。が、電話のやりとりで、正代は、高校時代のクラスメートが置かれた立場を、承知していた。
「美穂子は、横手で殺された白井さんという男の人と結婚するつもりだったと言ってたけれど、その人、どうして、こんな犯罪に巻き込まれたのかしら」
 正代は、浦上の取材目的を、白井保雄の横領事件と思い込んでいる。正代は、大罪を犯した男と婚約していたという美穂子に、同情した口の利き方をする。
「美穂子、もう結婚には懲《こ》りていたはずなのに」
 正代は、白井事件の周辺にいる美穂子を、ある種の被害者と見なしていた。もちろん、それは、旧友をかばう、感情的なものでもあっただろう。
 だが、正代のことばの裏にあるものが、浦上にひっかかった。
 結婚に懲りたとは、何を指すのか?
 やはり、美穂子の離婚には、隠れた事情があったのだろうか。新潟で前夫の千葉国彦を取材したとき、浦上が瞬間的に感じたようにである。
「こんなこと、しゃべってもいいのかしら」
 正代は浦上に促され、
「でも、美穂子が悪いわけではないわ」
 と、つぶやいてから言った。
 新潟取材を補足する内容は、離婚の原因が前夫側にある、というものだった。
「一言で言えば、ご主人の浮気性ね。千葉さんて、もてもてのタイプでしょう。結婚後も、ずっと複数の女性とつきあっていたんだわ」
「しかし篠田さんは、別れてからも、新潟へ電話を入れているではありませんか」
「それはそれ、女心の未練ってものでしょ。千葉さんの女癖の悪さは許せなくても、美穂子は元元、千葉さんが好きで好きで仕様がなかったのだから」
「離婚は、篠田さんのご両親の亡くなったことが、遠因と伺っていますが」
「原因じゃないわ。美穂子は、お父さんとお母さんの死をきっかけにして、踏ん切りをつけたのよ」
 そして、それを機に、美穂子の生き方ががらり変わった、と、旧友は証言する。
「少女時代から、気が強くて、機転が利くほうでしたが、五年前に新潟を出て以来というもの、目の色変えて、お金を稼ぐようになったんだわ」
 まるで、破れた結婚に対する報復みたいな凄《すさ》まじさだったという。
 夫の背信を引き金とする離婚が、美穂子の内面に、歪《ゆが》みを刻んだのか。あるいは、先天的に秘めていた欲望が、表面に引きずり出されたのか。
「横浜の中心地で、スナックを開くのが、夢だそうですね」
「だから、今度の再婚話が、あたしには信じられないのよ。殺された男の人、普通のサラリーマンだったのでしょ」
 いまさら、美穂子が男に惑わされるとは思えないし、
「本当に、その男の人と一緒になるつもりだったのかなあ」
 正代は、最後は独り言のようにつぶやいた。
 そう、美穂子に、結婚の意思などありはしなかったのだ。美穂子の内面で醸成《じようせい》されていたのは、白井を踊らせての、大金奪取計画だけだ。
 浦上は改めてそれを考え、こんな具合に説明をつづける正代が、共犯者では有り得ないことを、実感的に受けとめていた。
 同じ水商売に関係するといっても、正代は、美穂子とは根本的に違うと思った。というよりも、非人間的に、冷酷な計算を立てる美穂子だけが例外に決まっている。
 では、美穂子は、新潟以来の旧友を、どのように活用したのか。
「篠田さんが、寝台急行�銀河�で、京都へ向かった夜のことですが」
 浦上は、さり気ない口調で核心に移った。
「はい。あの場では、特に打ち明けてくれませんでしたが、美穂子は、あの白井さんて人の行方を追っていたのですね」
 正代の説明は、谷田が美穂子から聞かされたとおりだった。
「あたしは、神田駅で買った切符を、東京駅のホームまで届けに行きました」
 と、正代はつづけた。待ち合わせ場所は、9番線ホームの中ほどであり、美穂子のほうが先に姿を見せていたという。
�銀河�は、まだ入線していなかった。
 正代が階段を上がって行ったのは、同じホームの反対側、10番線から、平塚行き�湘南ライナー7号�が、発車するときだった。
 平塚行きが出払って、ホームの混雑が和《やわ》らいだとき、
『正代、悪かったわね』
 美穂子が、正代を見つけて、小走りに近寄ってきた。
『花金《はなきん》で、お店が忙しい時間に、いい迷惑だわ』
 正代は親しさをそんなふうに言い表わして、寝台券などを手渡した。
 寝台車は、たまたま二人が落ち合った場所に近い6号車だった。B寝台を利用して、京都まで急行券込みで、一万五千二百五十円。
『ありがと』
 美穂子は実際の料金よりも多い二万円を差し出し、釣りは受け取らなかった。
 十二両連結の�銀河�が、9番線に入ってきたのが、そのときである。
『正代には申し訳なかったけど、本当に助かった。この借りは近いうちに必ず返すわ』
 美穂子は正代に背中を見せて、6号車に乗り込んだ。美穂子の寝台は、15番の下段。
 正代がホームにたたずんでいると、美穂子は15番寝台に入り、窓のカーテンを開けて、手を振ってきた。正代も手を振り、窓ガラス越しなので、車内に通じないかとも思ったが、
『気をつけて行ってくるのよ』
 声をかけたという。
 どこに仕掛けがあるのか。
 すべては、美穂子が谷田に打ち明け、二俣川署での事情聴取に際して、横手の部長刑事たちにこたえたとおりではないか。
 美穂子のアリバイが完璧だとすると、(これまでの分析結果には矛盾するけれども)改めて、共犯者の割り出しに、着手するしかないか。
 浦上は、冷えたレモンティーを口にした。
「こんな話で、記者さんの参考になりまして?」
 正代は、腰を上げようとした。
 壁に、裂《さ》け目の生じたのが、その直後である。
「お忙しいところを、お呼び立てしてすみませんでした」
 浦上も席を立った。
 そうして洋菓子店を出て、神田駅前で別れるとき、浦上は尋ねた。
「あなたと篠田さんは、列車が動き出すまで、お互いに、ずっと手を振っていたわけですか」
 意味がある質問ではなかった。ただ、こうして、せっかく�証人�と会ったのに、何の収穫も得られない焦燥が、形にならない食い下がりとなった。
 光の差したのが、そのときだ。
「発車までではありませんわ」
 正代はこたえた。
 花金で、スナックは込んでいる時間帯だ。ママに無理を言って店を抜け出してきた正代は、一刻も早く、神田へ戻らなければならない立場だった。
「あたし、美穂子が乗り込んだのを見届けて、すぐに、ホームの階段を下りました」
 それが正代の、最後にして最初の、決定的な証言だった。
 浦上の頬が引きつった。
「するとあなたは、�銀河�が東京駅ホームから出て行くのを、見送ったわけではないのですか!」
 浦上は自分の口調の高まりを、自分自身で感じていた。
 浦上は正代と別れると、神奈川県警記者クラブ、『週刊広場』の順に電話をかけた。
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